【バーチャル旅行】山口県下関市の東行庵でお花見 満開の時期で天気が良い日がおすすめです

いつもご視聴ありがとうございます。チャンネル登録も徐々に伸びてきており感謝申し上げます。山口県下関市にある東行庵でお花見をしました。お花見は、春の風物詩として日本各地で親しまれている行事であり、桜の満開の時期に行うのが最も美しいとされています。では、なぜお花見は桜が満開の時がよいのでしょうか。その理由は、自然美としての魅力、文化的背景、人々の感情の高まりなど、さまざまな要素が重なり合っています。桜の満開は、花としての最も美しい瞬間です。蕾がふくらみ始める頃から開花へと向かう姿も趣深いものですが、やはり満開の桜は圧倒的な存在感を持ちます。枝という枝にびっしりと花が咲き誇る様子は、まるで空を覆うようであり、一面が薄紅色の世界に包まれるような感覚を味わえます。この一瞬の美しさが、多くの人の心を惹きつけてやまないのです。

東行庵とは?
 九州方面からですと小月ICで降りるのがおすすめです。東行庵には無料の駐車場があります。 
 東行庵(とうぎょうあん)は、幕末の風雲児・高杉晋作さんを偲ぶために建立された慰霊の地であり、山口県下関市吉田に位置しています。明治17年(1884年)に創建され、晋作の霊位を祀る礼拝堂として、多くの人々に親しまれてきました。現在では、墓地や記念館を中心とした自然公園としても整備されており、季節ごとにさまざまな花や紅葉が境内を彩ります。
「東行」とは高杉晋作さんの号であり、その名は彼の墓碑にも刻まれています。晋作さんは、自らの遺言により、奇兵隊の陣屋があった吉田の清水山に葬られました。その墓の表面には「東行墓」と彫られており、彼の志と精神を今に伝えています。晋作さんの死後、彼を深く慕った愛妾おうのさんは、出家して梅処(ばいしょ)と称し、庵を結んで生涯を彼の墓守として過ごしました。その姿勢は、晋作さんの遺徳を今に伝える象徴的な存在とも言えるでしょう。
もともとは、山縣有朋公が使用していた吉田の無隣庵が、晋作さんを偲ぶ僧堂として用いられていましたが、明治17年に山縣有朋、伊藤博文、井上馨といった明治政府の要人たちの寄付によって、無隣庵の隣接地に現在の東行庵が建立されました。こうした背景からも、晋作さんがいかに多くの人々に影響を与え、尊敬されていたかがうかがえます。
東行記念館には、高杉晋作さんおよび奇兵隊に関する多くの調度品や歴史資料が展示されており、幕末の動乱期を肌で感じることができます。ここを訪れることで、晋作さんの人柄や、彼が命をかけて成し遂げようとした理想に触れることができるでしょう。
 また、東行庵のもう一つの魅力は、四季折々の自然の美しさにあります。初春には梅が香り立ち、1月から3月にかけては椿が彩りを添えます。5月下旬から6月中旬にかけては菖蒲が咲き誇り、秋には紅葉が境内一帯を鮮やかに染め上げます。10月中旬からは山茶花も見頃を迎え、訪れる人々の心を和ませてくれます。東行庵は、高杉晋作さんという時代を駆け抜けた志士の精神を今に伝えると同時に、自然と歴史が調和した癒しの空間でもあります。歴史に思いを馳せながら、四季の移ろいを楽しむことができるこの地は、多くの人にとって心に残る特別な場所となることでしょう。

川のそばに桜がある理由とは
 春になると、日本各地で満開の桜が人々の目を楽しませてくれます。とりわけ川沿いに咲く桜並木は風情があり、多くの人々が訪れる花見の名所となっています。では、なぜ川のそばに桜が多く植えられているのでしょうか。そこには、単なる美しさや観賞目的だけではない、歴史的かつ実用的な背景があるのです。
 この桜と川との関係を語るうえで欠かせない人物が、江戸時代の第八代将軍・徳川吉宗です。吉宗公は享保の改革を進める中で、庶民の娯楽や自然とのふれあいを重視し、誰もが無料で楽しめる行楽地として、隅田川や玉川上水、飛鳥山などに桜を植樹しました。桜の植樹には洪水対策という現実的な目的もありました。当時の江戸はたびたび川の氾濫に悩まされており、堤防の強化は重要な課題でした。そこで吉宗公は、川沿いの土手に桜を植え、花見客が大勢訪れることで自然と土手を踏み固めるように仕向けたのです。多くの人が歩くことで地面は締まり、丈夫な堤防となり、水害に強くなるという仕組みでした。さらに、桜の根は地中深くまで張るため、土壌の流出を防ぎ、土手の保全にも貢献します。こうした仕組みにより、桜は見た目の美しさとともに、実用的な価値も兼ね備えていたのです。この施策は、自然の力と人の営みを融合させた、まさに知恵と工夫の結晶と言えるでしょう。
 このような江戸の桜文化は、やがて地方にも広がっていきます。理由の一つは、江戸を中心とした政策や文化が全国に波及する江戸時代の社会構造にあります。藩主たちは江戸詰の期間に江戸の風習に触れ、それを自領にも持ち帰り、模倣・応用することがありました。また、桜は成長が早く、丈夫で管理しやすいため、土木工事や治水事業の一環として全国各地での植樹にも適していました。さらに、川沿いという立地は人々が集まりやすい場所でもあり、花見が地域の行事として定着しやすかった点も見逃せません。こうして、桜は都市部だけでなく、地方の風景や人々の暮らしの中にも自然に溶け込んでいったのです。現在、私たちが春に楽しむ川沿いの桜並木は、単なる景観ではなく、防災・文化・交流といった多面的な意味を持っています。その美しさの裏には、歴史と知恵、そして人々の営みが脈々と受け継がれているのです。福岡県で有名な道の駅おおとう桜街道も川のそばにあります。

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