懐かしい町並  志摩市阿児町鵜方  三重県

鵜方は南志摩各地(安乗・波切・浜島・田曾浦など)への交通の要所として発達し、行政・経済・文化の中心でもあった。
江戸時代は鳥羽藩領で、天和元年(1681)の御公儀差出目録控によると家数149・人数652とある。享保11年(1726)の村差出帳によると船数26艘、うちさっぱ船21・ちょろ船3とある。
延享2年(1745)家数226・人数1,121。明治13年家数272・人数1,632。
文献では集落は半農半漁村とあるが、訪ねたこの辺りは海岸からも遠く、交通の要衝に伴う在郷町として商業などが発達していた地域である。
幹線道路が鵜方集落内を東西に貫通し商業の中心地だったが、昭和4年に鳥羽~賢島間に電車が開通し、商業地が駅前の一筋南に移動し、更に現在はもう一筋南の国道250号線沿いに移ってしまった。
鵜方集落内の古い町並には平屋の家屋が多い。ここまで来ると伊勢地方特有の切り妻造り妻入りの建物が見られない。道路に沿って平入り平屋の軒先の高さが揃った町並は珍しいものである。やはり台風の被害を考えて平屋の建物が多いものと考えられる。
平屋建てで商業を営んでいた当時の家屋が多く残り、期待した以上の古い町並だった。

古い町並を歩く  長年の私のホームページです。
http://matinami.o.oo7.jp/mati7/top.html

音楽:中北音楽研究所

Leave A Reply