広島市 中区役所 広島市中区(ひろしましなかく)は、広島平野の中洲に位置しています 広島市中区国泰寺町1丁目4−21 #広島 #広島市 #広島県 #中区役所 #政令指定都市 #原爆 #平和
広島市中区(ひろしましなかく)は、広島平野の中洲に位置しています。区内を流れる天満川、本川、元安川は、かつて広島城築城の際には、自然の堀として利用されました。広島市役所、広島県庁もこの区に存在。広島市役所は、区の中央を東西に通る国道2号線沿いに建てられ、広島県庁は、この区の北部にある広島城前にあります。広島城を中心に市民病院、中央公園、県立総合体育館とその南側には、ユネスコの世界遺産にも認定された広島市の平和の象徴である原爆ドームもあるのです。また、東側の八丁堀と紙屋町付近は、中国地方有数の繁華街としても有名。区内には都市銀行や地方銀行など金融機関や企業の支店も多くあり、広島市における中心であるとともに、広島県、中国地方の中枢部を担っています。
広島市 中区役所 広島市中区(ひろしましなかく)は、広島平野の中洲に位置しています 広島市中区国泰寺町1丁目4−21 #広島 #広島市 #広島県 #中区役所 #政令指定都市 #原爆 #平和 20250821 @akibingo
広島市中区の歴史
1589年(慶長4年)毛利輝元が、五箇庄の箱島(現在の中区白島地区)一帯を干拓し、広島城の築城を命じました。
その後福島正則の時代に、山陽道(西国街道)が城下の南側を通るように移設されたことで、雲石街道の整備が進み、商業地である町人町が発達します。
干拓による新開地も増えたため、近隣の港である草津や江波が港として発展するのです。
城主が変わってもこの地区は発展を続け、日本有数の都市に成長しました。
1889年(明治22年)の開府300周年に、広島市は広島県の県庁所在地となります。
1945年(昭和20年)には原爆の投下によって、美しい城下町は一瞬で破壊されましたが、戦後の復興はめざましく、再び大規模な都市計画によって整然とした街並みが生まれました。
広島高速交通広島新交通1号線(アストラムライン)の整備も進み、これからも広島市と広島県、そして中国地方の中心地としての発展が期待されています。
広島市中区の
農業・水産業
都市機能や歓楽街を有する「広島市中区」ですが、農業ではネギの生産、水産業ではカキの養殖を行っている地域です。
舟入川口町(ふないりかわぐちちょう)にある、農地所有適格法人「有限会社美づ葉」(みずば)では、土耕栽培の青ネギを10戸の専業農家と共に作っています。生産されたネギは「宝島ねぎ」と名付けてブランド化を図り、宝島ねぎ生産出荷組合も設立。市場外流通で、加工から販売まで担っています。
中区では、平和大通りの南側にある緑地帯で日曜日に「ひろしま朝市」を開催。JA広島市管内や、県内産の農畜産物を購入できます。また、広島市農業振興センターが推進する地産地消の活動「ひろしまそだち」の一環として、中区に中四国支店東中国営業所を置く「キユーピー株式会社」が協力店となり、広島市内で採れた野菜類を使ったレシピをSNSで公開。農地が多くないエリアにありながら、広島市の食を支えています。
海に面している中区では、カキの養殖も行っているため、カキ小屋など海の幸を堪能できるお店も多いのが特徴です。広島産のカキを中心に、卸から冷凍・販売までを手がける「株式会社カネウ」も中区内にあります。
広島市中区の
工業・産業
広島市中区は、紙屋町(かみやちょう)や八丁堀(はっちょうぼり)周辺が商業地の中心地で、白島(はくしま)、幟町(のぼりちょう)、十日市町(とおかいちまち)などは住宅地。南部の吉島町(よしじまちょう)や舟入(ふないり)地区は工場や倉庫と住宅が混在するエリアと、大まかな住み分けがされている地域です。沿岸部がある地域は、金属加工業、建設業、塗装業、鉄鋼業など様々な業種の工場。最南端の江波(えば)地区にある「三菱重工業株式会社」の広島製作所は、天満川を挟んだ西区側の観音工場と江波工場で構成されています。
中区に拠点を置く「広島市工業技術センター」は、工業技術の指導や人材育成などの情報を収集したり、調査を行ったりしている施設です。中小企業の技術力向上や振興、発展に寄与しています。また、平和記念公園の近くにある「広島工業大学」の広島校舎は、大学外の研究機関との連携を目指して活用されている場。中区は、広島広域都市圏の中心として工業面での施設も多くあるのが特徴です。
広島市中区の
商業・サービス業
中区の商業の中心地となっている紙屋町や八丁堀は、百貨店や大きな商業施設が複数あり、買い物の便が良いエリアです。紙屋町にあるのは、地下に食料品店が入る「サンモール紙屋町」。全国展開している衣料品店から雑貨店、飲食店が軒を連ねており、周辺住人の生活を支えています。広島電鉄「紙屋町西駅」の目の前にあるのは、百貨店の「そごう広島店」です。「広島県庁」の向かい側に位置するそごう広島店は「リーガロイヤルホテル広島」にほど近い場所にあり、様々な用事がひとつの地域で済ませられるようになっています。
八丁堀周辺は「福屋八丁堀本店」や「広島三越」、「広島PARCO」などがあり、幅広い年代の人が集まるエリアです。紙屋町や八丁堀には、それぞれの商業施設と提携している駐車場も複数あり、車で買い物に出かけることも可能。商業施設が多い地区のため、広島市だけでなく、県内・県外からも買い物客が訪れています。
広島市中区の
観光・レジャー
広島市8区のひとつ「中区」(なかく)は、古くから広島市の中心地として栄えた地域。区内には「原爆ドーム」、「平和記念公園」、「広島平和記念資料館」などが立地しています。江戸時代には城下町が広がり、その面影を残す「広島城」も人気の観光スポットです。
広島城は毛利元就により築城され、1591年(天正19年)に毛利元就の孫である毛利輝元が入城しました。江戸時代の1619年(元和5年)からは浅野家の居城となり、明治時代まで広島藩を統治することになります。堀に鯉が多く泳いでいたことから別名「鯉城」とも呼ばれ、プロ野球・広島東洋カープの愛称はこれが由来。なお、広島城は1931年(昭和6年)国宝に指定されましたが、原爆により倒壊。1958年(昭和33年)に外観が復元され、今日では天守内部が武家文化をテーマとした歴史資料館になっています。
中区の地では古くからお祭り文化も盛ん。「とうかさん」、「住吉神社祭り」、「えびす大祭」は広島三大祭りと呼ばれ、いずれも中区で開催されます。特にとうかさんは、三大祭りのなかで最もにぎわう行事。区内の「圓隆寺」(えんりゅうじ)に祀られている「稲荷大明神」の祭礼で、毎年6月第1金曜日から日曜日の3日間にわたって行われます。別名「浴衣祭り」とも呼ばれ、広島に夏の到来を知らせるお祭りです。
広島市中区の人気の観光スポット(観光地)
原爆ドーム 縮景園 広島平和記念資料館 広島県立美術館 5-Daysこども文化科学館(広島市こども文化科学館) 世界平和記念聖堂 ひろしま美術館 旧日本銀行広島支店 広島市健康づくりセンター健康科学館 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 広島サッカーミュージアム G7広島サミット記念館
広島市中区の城・寺院・神社
広島城 広島護國神社 空鞘稲生神社 住吉神社 白神社 善応寺 廣瀬神社 胡子神社 普門寺 本照寺 円光寺 心行寺 金比羅神社 万行寺 妙風寺 禿翁寺 福屋稲荷神社 八剣神社 恵美須神社 とうかさん圓隆寺
広島市中区の祭り・イベント
とうかさん 妙見まつり
中区
面積 15.32km2
総人口 143,828人 [編集]
(推計人口、2025年7月1日)
人口密度 9,388人/km2
隣接自治体
隣接行政区 広島市(東区、南区、西区)
中区役所
所在地 〒730-8587
広島県広島市中区国泰寺町一丁目4番21号
中区(なかく)は、広島市を構成する8つの行政区の一つ。1980年4月1日に、広島市の政令指定都市移行と同時に設置された。広島県庁及び広島市役所の所在地。
概要
1889年の広島市制施行時からの中心地区で、行政的に広島市のみならず、広島県・中国地方全体の中枢部でもある。
広島城周辺の基町・上八丁堀には国の合同庁舎・県庁・県警本部・裁判所など、広域を管轄する行政・司法機能が集積する。その南側の紙屋町・八丁堀エリアは中四国地方最大の繁華街として知られ、都市銀行・地方銀行・証券会社などの金融機関、企業の支店も多くある。隣接する流川は中四国随一の歓楽街である。また、白島地区はオフィスビルが多数建ち並ぶ。大手町は世界遺産・原爆ドームや広島市役所などがある。概ね国道2号線より南の舟入、江波、吉島、千田町辺りは住宅地として多くの住宅が立ち並ぶ。江波沖町や南吉島の湾岸地区は工業地区・準工業地区として工場も多くある。
地理地勢
1930年頃(昭和5年頃)の廣島市地図。中央の大きな島とその左の2つの島が現在の中区に相当。吉島、江波の沖合と南区の出島はまだ埋め立てられていない。
広島市内を南流してきた太田川下流デルタ地帯を占める。江波皿山・江波山周辺を除くとほとんど平坦だが橋梁が多く存在する。砂州を埋め立てにより拡大し、地図上では3つの島(砂州)により構成される。
地形
山地
主な山
江波山
江波皿山
河川
主な河川
太田川水系
天満川
旧太田川(本川)
元安川
京橋川
猿猴川
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1件のコメント
素晴らしい🎉