2025年度 定期講座「熊本城学」特別編 熊本城復旧事業報告会 ~5.災害復旧事業における文化財調査成果 ~
[音楽] 続きまして、え、復旧工事を通じてあなたに判明した熊本条の文化財としての価値につきましてですね、熊本条調査研究センターの三からご報告いたします。よろしくお願いします。 あ、よろしくお願いします。熊本城調査研究センターの美です。えっと、もう男場に上がられた皆さんみんな言われたんですけどすごい緊張しますね。 [音楽] あの、何が緊張するかって今回この、えっ と、発表会ですね、動画が公開されるん ですよ。あの、ま、当然動画公開されなく てもですね、私緊張しいなので、こんだけ 多くの皆さんの前で話すの緊張するんです けども、もう公開されるとなったら あんまりなんかくらないことは言えない。 なんかその別の恐怖も今すごいあの、感じ て緊張します。あんまり迂闊なこととか ですね、言わないように気をつけながら、 えっと、皆さんにご説明させていただき ます。 え、私はですね、文化剤の専門職という 触集です。えっと、前に登壇された3名は ですね、え、建築とか土木のあの義士さん なんですけども、私は文化財の方の専門職 になります。で、えっと、文化財も色々 あるんですけども、特に私は文化剤の中で も遺跡ですね、地下の中、地下、え、地面 の下、そういったものをあの専門にして いる専門職になります。で、今日はですね 、えっと、熊本城、ま、文化財やっぱり 文化罪なものですから、その熊本条の災害 復旧事業でですね、え、文化財の調査をし ていますので、え、その調査成果をですね 、ご説明させていただきたいと思います。 で、この1番最初の1枚目に出してる スライドなんですけども、これがですね、 その文化財調査の調査のあの、ま、1場面 を表紙にしています。これは積材をあの、 石垣きを解体している最中ですね。 石垣掛けを解体してる最中の光景なんです けども、ま、こう玉かけした月石ですね、 石書きの石を、え、クレーンで吊り上げて 、で、えっと、それをこの文化大専門職、 これ私ではないんですけども、えっと、 文化大専門職の人がこの月石をですね、え 、ま、こういう四角形6面体の月石を全部 の面ですね、記録していきます。ま、あの 、どういう形をしてるかとかだけではなく て、えっと、前後左右の月石とどういう 接点を持っていたかとか、この月石の、え 、当時に角度調整とかどういう風にしてい たかとか、そういったものをですね、全部 こと細かく記録をしている様子です。で、 この後ろの方でもう今にもなんか飛び立ち そうな形のあの、なんて言うんでしょう? この布を持ってる、えっと、方なんです けども、この方ですね、この今写真を撮っ てる時にやっぱりどうしてもあの暗い ところ、明るいところがあるんですよね。 その暗いところ、明るいところの差を なくすために日陰を作ってくれてます。 えっとですね、なかなか人間の名はよく できたもので、えっと、暗いところと 明るいところが同じところにあっても人間 の目だと意外とよく見えるんですよね。だ 、同じつもりで写真を撮ると暗いところは 真っ暗なって、明るいところは真っ白なっ て何も見えない。えっと、そういうことに なりますので、こういう日陰を作ることで 見やすい写真を、え、撮っているそういう 、え、写真光景になります。周りは全部 あの石書きの解体中ですのにグリーシです ね。そういった例になります。 えっと、今日お話しする内容です。まずは ですね、えっと、皆さんに今日のメインが ここになるんですけども、この後半になる んですけども、前半のところで、えっと、 ま、文化財としての熊本城、あの、ま、 熊本町の文化財ですね、あの、ですとか、 あとは石垣のお話がメインになるので石垣 の、えっと、基礎知識とかですね、あとは 熊本城の復旧事業における調査、どういっ たものをやってるのかとか、えっと、そう いう、ま、外説的なことを前半にお話し させていただきます。 え、最初に、え、文化財としての熊本城と いうことで、え、ここではですね、ま、 文化財とはなんぞみたいなことを書いて ますけども、文化財というのは、え、日本 の長い歴史の中で生まれ、白組まれ、え、 今日まで守り伝えられてきた貴重な国民の 財産です。で、左側にですね、え、文化庁 のパンフレットの抜水用を載せております けども、ま、文化財保護法ではですね、 これらの文化剤をこのこういう風に分類し ています。 えっと、上から行って、え、有計文化財 ですね。有計文化剤は、ま、形のあるもの 、え、ですね、例えば、え、仏像とか絵画 工芸品そういったものも有計分化剤ですし 、あとは建築物ですね、射事や民家のよう なそういったものも有計文化剤になります 。で、あとはえっと無型系文化財ですね、 ま、芸能や工芸技術、ま、技形のないもの ですね。そういったものが、え、無系文化 財です。あとはお祭りとかですね、ま、 制業とかそういったものが、え、民族文化 剤で、えっと、ここ次に記念物と書いて ますけども、これがですね、え、結構 幅広いんですけども、例えば古墳みたいな 古墳とか怪塚のような遺跡ですね。あとは あの、ま、庭園ですとか、え、そういった 、ま、景観が大事なあの名称とかですね。 え、あとは同植物とか地質鉱物、え、そう いったものも記念物になります。で、あと は文化的景観っていうのが、あの田とか 里山とか、ま、自然景官そのものじゃなく て人のあの、ま、制業、あの、生きていく なりとかそういったものとあの自然景観と かが、まあ、なんて言うんでしょう。一緒 になって醸し出したようなそういった景観 が文化的景観案ですね。あとは、えっと、 歴史的建造物かは、ま、浄化町とか三村と かですね、そういった建物が建物1件、 重要分化の建物1件とかそういうあれじゃ なくて、ま、たくさんの建物とかそういっ たものが折りなす、えっと、ものですね。 こういうようなあの文化財がえっと文化財 保護法で、えっと、ま、分類されており ます。で、え、文化財保護法で文化財を 守る時にですね、こういったものを守って いきましょうとなってるんですけども、 当然、えっと、こういった有計文化剤、ま 、いろんな日本各地にいろんな大事なもの がありますけども、闇雲に何でもかんでも あの国が守れるわけではありません。ま、 極端なあれで言ったら例えば私が子供の頃 から大事に持ってきて、あの、なんて言う 、今まで捨てられずに持ってきてるような 私のなんだろう、まあ、子供の頃からの 宝物とかそういったもの当然私にとっては 大事だけども、あの、私にとっては有計 文化罪かもしれない。だけどそれを例えば 国の補助金で守ってくれとか当然そんな ことはできないわけです。なので、えっと 、どうするかというと、国は指定をする わけですね。これは大事なものだから守っ ていきましょうと指定をします。それが いわゆる指定文化財。これは日本の文化財 を守っていく制度ですね。選択保護主義と 言います。えっと、有計文化財で指定さ れればそれが重要文化財重要文化財の中で も特にえっと学術的価値の高いものは国報 と呼ばれますとなります。で、えっと 無型文化財だと重要無型文化剤指定される と重要無型文化財になって、ま、その技を 持ってる人、重要無型文化剤の技を持っ てる人がいわゆる人間国法ですね。で、 民族文化財っていうのはですね、これが 重要無重要有計民族文化財と重要無型民族 文化財になります。これお祭 りっていうのはやっぱり、ま、あの、形の あるもの、あ、形のないお祭りのその、 まあ、なんて言うんでしょう。あの、神楽 のようなあの、舞とかですね。という技的 なものとあとは神楽に使うあの面とかです ね、そういう有計のものそれはあのまとめ てちゃんと保護できるようにしましょうっ ていうそういう立付けで無型という系と あの分かれています。で記念物記念物がえ 遺跡なんかだと指定されると私跡と言い ます。でかそういう景観が重要なものが えっと指定されると名称と言います。で、 あと同植物とか地質鉱物とかそういった ものが指定されると天然記念物となります 。天然記念物とよく間違えられるのはあの 絶滅器具とかそういったものですね。それ とは全く別の概念です。えっとなので記念 物の中には例えば理屈で言ったらですね、 あの小さいみ人コからあとはもうここで 言ったらもうこなんだろう。東京 ディズニーランドよりも広い熊本城まで 非常に多様なものを含むのが記念物になり ます。 で、文化的景観は重要文化的景観、伝統的 建造物が指定されたら伝統的建造物保存 地区と呼ばれたりします。こういったよう な、えっと、文化剤の仕組みになっており ます。 で、それで熊本城について見ていきます けども、熊本城は、ま、文化財の方向と いうか、いろんな文化財があります。まず はですね、えっと、この後私が主に説明 することになります特別ですね。これは私 の中でも国報と同じように特に重要なもの が特別に指定されます。え、この特別 熊本寺は特別跡になっておりまして、それ はこの赤いトーンが張ってあるところを ですね、こっち後来門の方もちょっと入っ てますけども、これがえっと約58万m ですね。ちなみに行、熊本城の域が この、えっと、この線ですね。この ちょっと青っぽい線かなで書いてるところ 。これがま、98万m で、相が前、相前、あの古町新町も含めて その周りにですね、ドイとか門とかあっ たりする、えっと、囲まれているところ。 そこが、え、138万m ですね。ま、東京ディズニーランドが大体 51万mってことなので、もう私東京 ディズニーランド行ったことないんです けど、とっても広いとあの思います。あの 、ちょっと行ったことはないんですけどね 。で、あとこの赤いな、何て言うん でしょう?ドットとかで示してるところ。 これが重要文化財に指定されている建造物 ですね。これだけ13等あります。ま、 さっき坂口さんのあのご報告でもいる たくさん出てきたかと思います。矢倉とか 長部兵とか物やとか平ヤ倉とかですね。ま 、あの田ヤ楽とか北18発見やとか赤の門 とかそういったやつですね。で、これ以外 に、えっと、熊本城そのものではないん ですけども、あ、ここ重要文課題のヤグラ を例として写真を示しております。で、 あとはですね、熊本城そのものではないん ですけども、藤崎台の靴の木ですね。これ が国の天然記念物に指定されております。 これは、えっと、今球場があるところ、 これも球場から撮った写真ですけども、 球場があるところは昔南戦争より前はです ね、あの、 藤崎宮があったところです。戦争で今の ところに移ったんですけども、その藤崎宮 のえっと、ま、鎮獣ですね、鎮のあの楠の 木が7本残っております。非常に大きな 靴の木で、えっと、ま、樹霊何百年とか ですね、あの、言われてるような非常に 立派なものが国の天然記念物になっており ます。 ちょっと話はそれますけど、あと熊本市に ある国の天然記念物の地目って、あの、 常南にあの胃腸がありますね。下田の胃腸 か。下田の腸。あれも非常にあの立派な 一応ですけども、あれなんか豊秀義が見 たって言い伝えられるようなですね、 すごい立派なものになります。で、あとは 今国指定の文化罪の話をしましたけども、 えっと、さっき坂口さんの報告でも出てき ました、あの旧細川業務部。これが研定国 じゃなくて検定の重要文化罪になります。 え、これはですね、元々あの熊本行きに あったものではないんですけども、あの、 ま、 熊本、熊本班の細川家の初代の、え、 細川俊さんですね。さんの弟、えっと、 沖たさんですかね。北さんをはが最初の あの業務系のえっと定宅なんですけども、 ま、当然場内に携宅はあるわけですけども 国会の方にあった別定ですね。それを えっと平成になってからあの熊本に移した ものということになります。こういった ものがあります。 で、え、特別跡についてもうちょっと 詳しく、え、見ていきます。あれだけ広い 特別指跡ですけども、じゃ、具体的に特別 、指跡の中にどういった大事なものがある のか、え、それをちょっと簡単に、えっと 、いくつか示したものです。え、こういっ た、ま、特別の中で守るべきもの、あの、 大事なもの、え、それを、え、私のあの、 本質的価値を構成する要素という風に呼ん でますけども、え、ここにあげてるのは それ、それらですね。1つは、えっと、 やっぱり石垣きですね。 あの、 ま、やっぱりあの、なんて言うんでしょう ?こういう、うん、本質的価値を構成する 要素っていうのは、え、昔から残ってる もの、オリジナルのもの、熊本城元々の もののっていうのが、えっと、基本的には 、あの、なんて言うんでしょう?あの、 構成する要素になるんですけども、石垣 なんかは当然そうですね。で、あとは、 えっと、こういったな、何て言うん でしょうね。具体的なもっていうよりかは こういう地形車とか地形そういったものも 当然あの熊本城のですね本質的価値を構成 する様子になります。 ま、車っていうのはこの本丸とか平在門丸 とかス屋丸とかこの石垣で囲まれた平坦 えっと東竹の丸とかですね。そういった 平坦でまああの熊本城全体の特徴で言うと この東川東川はえっとま、自然地形もあっ てあの急になっていてよ天然の妖外ですね 。で、北宅町から京町大地から通くところ は堀りで、えっと、切り離されてて、え、 南には壺井川のあの流れてて、で、えっと 、 西川ですね。西川は東川ほど急じゃないん ですけども、だからその分本丸の外側に 行上にもこういうあの車を積み重ねて、 えっと、本丸を守ってるような、え、こう いった車とか地形こういったものも熊本城 の本質的価値を構成する要素になります。 なのでそういう意味でこの東の丸の石垣 ですね。ここなんかこの元々の自然地形を 利用した非常に急春な崖地形ですけども そこにあの高い石垣きが隣立する様子これ なんかはですね石垣そのものだけでなくて こういった地形とかそういうのも感じ られるま本城の見所の1つだと思います。 であはですねあの熊本城地面を掘ると当然 昔の熊本城のものがえ残ってます。これは 本丸5点の発掘調査をした時の写真です けども、えっとこのちょっと写真が小さく て見にくいと思いますけども、本丸5点が 立っていた時の、ま、土台ですね、素籍と かそういったものがずらと、え、地下に 残っていることが分かっております。あと やっぱりちょっと写真では見にくいかも ですけども、ちょっと赤っぽい土が赤 っぽいところがあるんですけども、それは 青南戦争で明治10年に燃えた時の痕跡 ですね。そういったものも熊本城の地下に は良好に残されています。これもあの守っ ていかなくてはならない。非常に大事な ものですね。あとその他にはですね、古い 木なんかもあります。編前の胃腸なんか 有名ですけども、ま、これも青南戦争の時 に焼けてるんですけども、その焼けた ところから飛ばえが生えてきて、だ、ま、 同じ遺伝子を持つ、あの、江戸時代以前 からある、え、胃腸と同じ遺伝子を持つ 胃腸が、えっと、今こうやってまたですね 、大きくなってるんですけども、こういう 古い木、江戸時代からある古い木なんかも 、えっと、熊本城の大事なものになります 。 なので、え、熊本城地震で大きな被害を 受けまして、それを復旧するとなった時に は当然こういった大事なものをどうやって 守っていくのか、え、どうやって将来に 残していくのか、え、そういったのが大事 になってくるわけです。 次に石垣の基礎知識ですけども、これは ですね、えっと、さっきの鳥井さんの、え 、お話にもあったと思います。え、石垣と いうのは月石と裏米と土の三重構造になっ ております。 この1番 正面の石書きそのもの、それを月石と言い ます。で、ま、この隅の1番角の石を特別 、特に隅石と言います。で、その背後には グリーがあって、これがあるおかげで さっき鳥井さんの説明にもありましたよう に排水がうまいこと言ったり、あの、面が されたりっていう非常になんかあのすごい 作りですね、あのになってます。で、その 背後には土があるんですけども、土は、 えっと、自然のままの自盤である地とあと は増工事で人口的に盛られた土、森戸に 分けることができます。で、これから ちょっとこの月石とかグリ石とか字山森戸 みたいなもの、あの、言葉出てくると思い ますけども、こういったことになります。 えっと次に熊本城の復旧事業における、 えっと調査の、え、お話をします。 えっと、これがですね、あの、ま、 復旧事業の進み方ですね、進み方を簡単に まとめたものですけども、例えばもうあの 、飯田る誤解約のところあの修理するって な時にはまず建物がやっぱりあるので建物 を解体してで、その後で建物がなくなった 後で放落した石を回収してその後石垣きを 解体で解体した後に石垣を復旧してまた 建造物を復旧してという逆の順番を辿どっ て最後に事業報告書の観光ということに なります。こういう順番で、まあ1箇所、 1箇所の復旧事業が進んでいきます。で、 その中で、ま、いろんな調査をやるんです けども、特に私たちがあの文化財の行う 調査ですね がこの2番目の放落剤の回収のところと 石垣の解体の時、この時に調査をたくさん 行います。えっと、放落石材の回収工事の 時には、えっと、ま、やっぱりこの石材の 放落状況っていうのは非常に大事ですので 、えっと、そこから、ま、崩れる前の情報 とかあといろんな情報をあの調査でなんて 言うんでしょう、吸い上げることができ ますので、そういった調査をします。 ちょっとまたこの後で説明します。で、 その時に石垣きの測料とか、えっと、 取り上げたあの積材一点、一点について その積材がですね、どういったもののが 健全なのかとかですね、あのどういう加工 があるのかとか、そういう積材調査なんか もしております。で、石書きの解体ですね 、この放落石材の解体回収の後にする石垣 の解体の時も、え、最初の、え、表紙の ところで見たような、え、石垣の解体調査 ですね、解体しながら石垣1.1点を確認 するようなあの調査ですとか、え、あとは ですね、 移行の確認調査はですね、石書きを解体 する時にはこの月石だけ解体したら当然 あの背後が崩れてくるのとっても危ないん ですね。なので、えっと、安全勾配を取っ て、あの、背後まで解体する必要があるん ですけども、なので石垣以外の移行が、 あの、解体中には出てくることもあります 。地下に残された移行ですね。そういった ものも、えっと、調査します。で、上と 同じ、上と同じように積材調査なんかもし たりで、あとそれとは別に解体よりも前 段階で移行の確認調査とかですね、あの、 知出調査とかっていうのをすることもあり ます。 では、えっと、こっからですね、令和6 年度事業の、えっと、昨年度にやった事業 のご報告をさせていただきます。え、まず は武業丸の積材回収工事立ち合いの成果 ですね。丸というのはここをですね、えっ と、ま、名前からして、あの、仏業所が、 え、ここにあったっていうところで、えっ と、ま、二の丸広場がここで、あの、 西大手門がここの、え、すぐ南川ですね、 になります。 えっとですね、なかなかここにちょ、すい ませ、ちょっとなかなか見にくいて前に 出させてもらいますね。え、積材放落、あ 、法落積材回収の様子をですね、ま、写真 であげてますけども、えっと、どういう ことをしてるかと言いますと、え、放落し た石材の調査ですね、えっと、ま、もう 放落してぐちゃぐちゃになってる石材を、 ま、その形状からですね、し、どの面が 正面なのか、ペンチなのかを確認したり、 あとはですね、放落前の写真と比較して、 えっと、元々どこに詰まれていたのかって いうのも確認します。やっぱりあの文化剤 なので元々あったように戻す、元々積んで た位置にあの積み直しますので、この放落 積材を回収する時にその場所をあの確認 するわけですね。で、あとはですね、月石 そのもの以外にも放落したグリーシとか ですね、あのも の調査として、ま、中に異物なんかが含ま れることがありますので、そういったもの からですね、その、えっと、石書きがいつ に作られたやつなのか、そういったものを 把握する、え、調査も行います。あとは 放落せずに残った石垣背面の調査なんかも 、え、行います。 でですね、武業丸なんですけども、えっと 、 ここに赤類上の、ま、なってる石垣きが ありまして、え、この武業丸側のやつがH 29とH25っていう、え、そういうよう な、え、石書が気になるんですけども、 これをですね、三層に分けて、えっと、月 放落した月石の回収を行っております。で 、その結果ですね、12、2層目の月石は 前方に滑り出るようにして放落しており、 3層目の月石は原地を保ったまま前方に 傾いてる状況を確認しました。 1番深いところですね。えっと、下の方の 、えっと、1番深いところの石書きは月石 はこのなんて言うんでしょう?前にこの 傾いたような状態ですね。え、この写真を 見てもらったら分かりますかね?この1番 下、この黄色い石に該当するんですけども 、これがえっとバタッと前に倒れたような 状態ですね。そういうような状態が下の方 で確認されております。で、上の方のやつ は前方に滑り出るように放落ですね。 さっきあの振動大実験の画像映像があった と思いますけども、あのいわゆるくじ方の 放落状況。それがここでも確認されており ます。で、こういったことで、えっと、何 が分かるかって言うと、ま、石垣放落の メカニズムの解明ですね。やっぱり石垣が どうして放落したか原因が分かると対策が ですね、今後立てれるかもしれませんし えっとあとは放落時の危険範囲の確認。 正確にどこまで放落していたかとかですね 。あとはま、放落のメカニズムなんかを 分かることで実際あの今後また地震が起き た時に一体どういうところが危険だと考え られるのかそういったこともえっと分かる わけです。で、さらに、えっと、文化財と して修理する時には先ほども言いました時 に元に戻しますので、積み直しの積在対象 資料にもなります。 えっと、次に石門周辺の発掘調査の成果を ご説明させていただきます。 石門というのはこのここですね、この辺り になります。次のところ写真の方が分かり やすいと思います。 大天手商天があってその下のところをです ね、この商天手前から見るとこういう四法 を石垣に囲まれてすりバっになっている ところここにえっと通路上トンネル上の ものがあります。ここに石門があります。 これが東竹の丸からその石門の、え、 さっき見たとこが出たところから見たもの ですけども、えっと、こうこの左側が中の 石門、こっち側を外の石門と言います。で 、中の石物内部、ま、石物の中はですね、 なかなか実際に入ったことある方は、あの 、いらっしゃらないんじゃないかと思い ますけども、ま、こういう風に、えっと、 通路上、トンネル上ですね、になっており まして、結構土が溜まっていて、あの、 とても、ま、しゃがみながらしか移動でき ないような、ま、ここが一体どういう施設 かって言った時に、あの、いざという時の 、あの、隠し通路逃げ道だとか言われたり しますけども、ま、なんかそう言われると なんか、あ、そうかもなって思えるぐらい のなんかちょっと個人とした、えっと、 トンネル上のものですね。そういったもの が石になります。これは地震前の写真です 。で、今回調査したのはですね、この石門 の周辺がですね、以前からあの排水に問題 抱えておりまして、で、今回あの修復に あたってこの排水問題も解決しなければ ならないということで、ちょっとその情報 集めのための発掘調査をしています。 で、調査の配置なんですけども、ま、ここ に調査、1 で5はちょっと結板なんですけど67って いうような、え、調査を配置しております 。で、結果はですね、何が分かったかと 言いますと、まずは排水をですね、排水路 を検出しております。これは現代の排水労 ですね。で、それとほぼほぼ同じ位置に、 えっと、江戸時代のものと思われる排水郎 ですね。え、それが出てきました。 で、この排水路がですね、え、金星の 排水路がどういう風に続いてるかというと 、え、ここ石門からまっすぐ、え、北側に 向かっていたあの水路がここで折れ曲がっ てるんですよね。ここの調査で折り曲がっ てるところが出てきました。で、ここの 調査位置でもその延長が出てきましたので 、こうこっちに向かっていることが分かり ました。で、さらに今回の調査じゃなくて 以前の調査なんですけども、ここでですね 、こういう排水路も見つかっておりました ので、おそらくこれはもうここに繋がると 考えて間違いないだろうと思います。こう いう、えっとですね、排水が確認されまし た。ちなみに平ヤ倉が立ってるのはここ ですね。 で、その調査成果からですね、ま、排水路 とか見つかって、あと石門の中もですね、 あの、ある程度土装の体積状況ってのは 分かって、さっきあの、ま、ハらないと 進めないような通路って言いましたけども 、実際本来の高さはですね、ここの針の下 までが167cmで、これ針の中に入ると また1段高くなってますので、えっと、 もう2mぐらいの十分な人がですね、あの 、入るには十分な高さのあるトンネル上の ものだということが分かりました。 えっとなのでこれはですね、ま、当然排水 が出てきましたのでその排水のための経路 としても使われていたということは明らか ですし、あとはですね、あの人があのもう 十分普通に通るため通ることにもあの疲れ ていただろうということが考えられます。 あとその他ですね、えっとここの調査2か 調査2これですね。で、ここがこの後説明 する石門北側の石垣になるんですけども、 これここがそうですね、石門北側の石垣き で、この写真がここの写真、ここの写真 ですね、えっと、年という1番下の、えっ と、席、あの、月石が見つかっておりまし て、で、その年石の上に当然月石が乗って 、あの、乗ってるんですけども、その月石 の土中までですね、掘り込みがあって、 こういう大きなちょっと歴が、えっと、 入れられていることが分かりました。この 歴一体何だろうって、ちょっとあのか、 あの、考えたんですけど、ま、専門家の 先生方の話によると、えっと、この石垣き をですね、え、積み直す時、積み直す時に その積み直した意が滑らないように 前押さえの意思を置くことがあるらしいん ですよ。そういったものではないかという ような、えっと、ご意見もいいております 。 えっと、こういったことが、え、石門の あの調査で分かっております。えっとです ね、次に石門北川石垣の、え、石垣体調査 の成果ですね、を説明させていただきます 。さっきの石門と繋がるところですね、 石門北側の石垣っていうのがありまして、 それを、えっと、昨年度3月まで解体をし ております。で、今後ですね、積み直して いく、え、予定ですけども、その解体が 終わりましたので、その調査成果も、え、 ご説明させていただきます。 えっと、これがさっきの石門のところを ですね。で、その北側につがる、で、平倉 、平倉の西川、石門の北川につながるこの Lの石垣ですねが石門、北川石垣と呼ん でるものになります。先ほど言いました ように、ま、高いが連立するエリアですね になります。 えっと、令和4年に放落材の回収を行い まして、で、令和5年に、え、解体修理、 え、解体修理の方針や解体復旧設計ができ まして、え、昨年度ですね、昨年度に解体 修理工事が始まっているところです。 これが写真、このL事情のところですね。 ま、これが放落してる状態でここの石書き 月石があのゴロっとなくなっているのが、 え、お分かりになるかと思います。 えっと、石門北側の主な解体範囲なんです けども、 えっとですね、ま、ちょっとたくさん 石がき面あるので主なものを取り上げて ますけども、これだと上が北ですね。ここ に石門がある感じになります。で、平倉が こっちですね。で、ここにあるのが、え、 この車側にあるのがH433って呼んでる 石垣です。で、その北宅にあるのがH43 と呼んでる石垣で、え、この西川か西川に あるのがH439の石垣です。で、H 438とH439は、ま、元々こんだけ 地震で崩れていて、で、あの、東音張っ てるところは平や倉の方の、えっと、解体 に伴ってもう取り外してるところですけど も、なので今回は東が外れている、え、 この赤い線で示してる範囲、ここを、えっ と、解体ですね、え、一隻、1隻、え、 解体していっています。 え、令和6年度末時点で解体は全て完了し ています。え、こういった、ま、これが 完了した状態ですけどもグリ石ですね。 これがグリーシ外側を囲っているのが月石 ですね。で、グリ石の内側にさらにあの土 ですね。上の方にこの辺りにえっと森戸が あってその下は字山になっております。 で、これが解体の完了の状況ですけども、 えっと、解体にあたってはですね、この 月石を取り外すだけじゃなくて、やはり さっき言いましたようにちょっと安全勾配 とかの話がありますので、このク、黒側 ですね、ク、ク川も、え、掘作調査をして おります。で、最初にこの黒側の解体調査 のお話をさせていただきます。先ほどあの 石紋の調査であの前の石が出てきた辺り ですね。その石が記念になるんですけども 今回えっとあの時はもうトレンチで調査で あの一部だけさの石が出てきた状態でした けども今回掘策をしてみるとこういう風に もうずらっと前よさえの歴がですね今回 解体した範囲全体にわたって出てくる出て えっと気づかれていることがえ分かりまし た。で、またですね、えっと、新たに 分かったのがですね、ちょうどここ、ここ はもう前の意思が外れてるんですけど、 ここが前の石がまだ残ってるとこですね。 この前の石の位置とリンクする形で、ここ ちょっとこの月石を積む位置が、積む位置 がずれてるの分かりますか? これ積んで上の石を積む時にはちょっと セットバックっていうか、ちょっとずれた 位置から積んでるんですよね。で、こう いったのはですね、やっぱりあの修理、 修理で積み直す時にですね、ちょっと位置 をあのずらして積み直すっていうことが ですね、よくあります。だから、えっと、 やはりこのことから考えても、えっと、 このですね、え、さっきトレンチを入れた ところだけじゃなくて、こっち側はですね 、もうこのH433の、え、ほぼほぼ全面 にわたって、え、石書きのあの回収がされ てて、この、え、歴が入れられたり、この 位置がずれてるのは、え、積み直しの範囲 を示している可能性が大きい。ま、それが 1番妥当なあの判断だと思います。 ただですね、この時はですね、まだ実際 このじゃあこの積み直しがいつの時期なの か、それについてはですね、車側を掘っ てる時ははっきりとは分かってませんでし た。えっと、出動する類物なんかも観察し ながら、ま、ちょっとやっぱり古い可能性 がある江戸時代の可能性があると考えて いるところでした。で、次に石垣側の解体 ですね。こっちが H3の石垣でこっち側があの北宅川のH 438の石書きの断面図になります。 で、えっとですね、ま、こういう、え、 どっから説明しましょうかね。ま、この 月石と月石の間にはこういうグリーが たくさん詰まってるんですけども、なので この最初はですね、グリーシを、えっと、 どんどんどんどん取っていきながらですね 、えっと、調査をしておりました。で、 えっと、 するとですね、中から土が出てきました。 この赤いトーンを張ってるところが土の 多かったところをですね。で、 え、この土ですね。土からはですね、あの 新しい物も出てきました。なのでこの土 より上はですね、えっと、ま、具体的には 近代光ですね、近代光に積み直されたと いうことが分かりました。で、さらには この土はですね、こういう風に月石の下 までがっつりと入り込んでるんですけども 、この土が入り込んでる範囲はさっきの 石垣きの積み直しの時にちょっと位置が ずれてて、前押さえの石が前押さえだと 考えられる石があったところ、そことも 全く同じです。ですので、さっき車側の 調査の時はおそらく金星だろうと考えてい た、えっと、石垣の積み直しは、え、 こっちの石垣の解体調査をすることで、 えっと、近代校のあの、江戸時代が終わっ た後の積み直しであることがわかりました 。 なかなかですね、このグリーシを解体する 時はっきりした証拠がやっぱり時代の はっきりした証拠が出ないので難しいん ですよね。のあの時代のグリーシなの かっていうのがですね、ところは今回は ですね、こういう風に土がはっきり出てき たところでことでそこが分かりました。 で、ここでグリーシの写真を並べてます けども上がですね、土、え、土がたくさん 出るところよりも上のグリーシで、下が土 よりも下のグリーシですね。そういう目で 見てみますと、上はですね、えっと、確歴 がちょっと多いのに対して、下はですね、 綺麗な演歴ですね、ばっかりになっており ます。演歴も、ま、ちょっと大きいものも あったりするんですけど、握り拳台のもの がメインになっておりまして、えっと、上 のものよりも大きさが揃ってます。で、 さらにはですね、えっと、計5、あの、 5cm以下ぐらいの小さな、え、確歴が上 は特徴的にたくさん入るんですけども、下 はそれもほとんどないっていうようなそう いうグリーシーの違いも時期の積み直した 時期の違いを表してると考えられます。 こっちはH438側の石垣ですねになるん ですけども、えっと、これも解体完了後 です。ここはちょっとまだ上の土が残って ますけども、えっとですね、こっちもです ね、あ、この土を全部取ったところ、ここ ら辺からですね、またちょっとグリ石の 様子がこれとは変わってきます。こっちは ですね、ここと同じようにちょっと演歴 がちになってきておりまして、こっちは ですね、こと同じってよりかはちょっと 大きな、えっと、演歴がゴロゴロ入るよう なやっぱりまたちょっと様子の変わった、 えっと、グリーシですね。こういった グリーシの違いが、あの、その石垣の 詰まれた時期の違いとかそういったものを 反映してる可能性があります。 えっと 結果ですね、これまたさっきと同じ石門 北川石垣きの主な解体範囲の図を示して ますけども、今回ですね、えっと、解体し た範囲っていうのはもう全て、え、近代に 積み直された範囲ですね。ただこれを全部 取ってしまうとさっき言ったみたいにあの 土の下からえっとまた様子の変わった グリーシも出てきますしえっとあとまうん ちょっと細かいところですけどこれ地山 ですね。自山で多分積み直してる時にジ山 もある程度削ってるんですよね。だから これは回収の時に削られた自山の表面なん ですけどもここでちょっと傾斜が変わっ てるように見えるんですよね。もうこれ 以上解体してないので、もうこれより 詳しいことは分からないんですけども、 これを積極的に評価するならばやっぱり ここでその回収した時の掘策が終わってる んじゃないかとも考えられます。ま、そう いうことも考え合わせると、えっと、 この解体したところの下ですね、下では 古い石垣きが残ってる可能性が高いだろう と考えています。こうなると、ま、不思議 というか面白いなと思ったのは、ま、今回 地震で大きく崩れて、で、この解体してる のは、あの、崩れた上、崩れてるだけじゃ なくて、あの、膨らんだり返上している、 あの、地震で傷んだ範囲ですね。それを 解体してるんですけども、その範囲はほぼ ほぼ回収した範囲に収まるっていうのは 面白いなと思いました。ま、これがですね 、一体どっちが先なのか、新しい時代に 回収したから弱いのか、弱かったのか、 それとも元々石垣の構造的に弱いから 弱かったから、えっと、回収してるのか どっちかなとは思うんですけども、ま、 面白い結果だなと思います。 で、えっと、今後の、え、令和7年度事業 の見所なんですけども、1つはですね、今 年度、え、げた田倉他ですね、さっき坂口 さんでは田倉他と言ってましたけども、 ここの重要文化建造物これが解体しますの で、え、その床下で発掘調査を行います。 ここですね。ここは床下。えっと、今まで 発掘調査されたとこがないところですので 、ま、どういった成果が出てくるか、えっ と、夏ぐらいから調査する予定ですので、 えっと、お楽しみにさせてください。で、 あとは石垣の解体調査ですね。では、え、 う矢倉、北18県矢倉他、え、バグヤグの 解体をする予定にしております。 え、矢倉先ほどの、え、鳥江さんのお話で も出てきましたけども、ま、この矢倉の 石垣はですね、熊本城図1の高さを誇って おり、ま、上には重要文化剤が乗る非常に 重要な石垣きです。それの解体調査を現在 しております。こういう列なんかも出て おりまして、えっと、なかなか平日しか 作業してないんですけども、平日だとです ね、天手の上とかに行っていただけると、 えっと、なんとなく作業の様子とか見て いただけるかなと思います。あとはあの ウヤグの特別公開の時には作業はしてない けどもあの石垣の様子とか見ていただける 状況らしいですのでそういった時にも見て いただけるかなと思います。 あとは北18県矢倉他の石垣体調査。これ も鳥井さんのお話でありましたね。えっと 色々とあの昔のえっとま柱の痕式じゃない かというものとかですね。えっとまこれ からまだどんどん調査が続きますので調査 成果出てくると思います。あとバグヤグラ まだあの着手はしてないんですけども えっと三ゆ橋付近であのもう熊本城に来た 方はですね来場者を迎えてくれるえっとま みやよく目につくところのバグヤグラー ですね石垣きも解体しますのでまたえっと 楽しみにしていていただければと思います 。で、えっと、石門の調査成果ですね、 あの、さっきの、え、排水路とか出てきた 石門の調査については現在、あの、え、 天手、天手核の展示で、えっと、展示を 行っております。大体9月ぐらいまで展示 を行う予定ですので、ま、さっきのあの ウアグ倉の解体調査も見れますし、皆さん 是非ですね、天手の方にあの、足を運んで いただければと思います。え、それでは どうもご成聴ありがとうございました。 [拍手]
2025年5月17日に開催された「熊本城復旧事業報告会」の様子を、全6回に分けてお届けします。
熊本城の復旧状況について、土木・建築・文化財といった多分野の専門職員が登壇し、貴重な情報をわかりやすくご説明しました。
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