【和歌山・ディープスポット】風前の灯!今も現役の私娼窟・天王新地を散策していたら戦後バラック小屋を発見

皆さん、こんにちは。チンスポの達人です 。こちらは和歌山駅になります。 今回は和歌山駅の隣の際駅にあるディープ スポットを紹介したいと思います。 駅から徒歩8分くらいのところに来ました 。看板が口ていて早速バス感が漂ってい ますがここは天王地という場所になります 。 今でこそ和歌山駅西側のブラク里町に ソープ街がありますが、元々和歌山市は 有郭の設置が許可されず、そのため支障靴 が存在していました。それが半和地とこの 天皇地です。 天皇地が誕生したのは昭和5年12月の ことのようでして昭和30年に観光された 全国女性外ガイドによるとより赤線が 繁盛和慎地に30件地に65件合わせて 400名の将棋がいたとのことです。 そして元々支障なので昭和33年の売春 防止法施工以降も天業や廃業することなく 現在まで続いているというわけです。 とはいえ、現在はブラクリ長付近のソープ 外の方がメインで、こっちは数剣が過ろじ て営業を続けている状態で、まさに風船の としびといった感じです。 その中の一件がこの中村です。重向きの ある佇まいをしてますよね。 女子従業員募集中のようです。 天皇新地はこの方をしていまして、もう1 本の通りにも何件かお店がありました。 [音楽] この青と奥の丸という看板が出ているお店 から人の声が聞こえたので現在も営業中の ようです。 今では駐車場が広がっていて、とてもここ が賑わっていたのが信じられませんが、 そもそもなんでここに師匠靴が誕生したの かを調べたら面白い歴史が出てきまして、 先ほど紹介した際駅はなんと元々和歌山駅 として開業したんです。当初は和歌山市の 玄関口だったんですが、その後東和歌山駅 がターミナル化し、和歌山駅の名称も譲る こととなりました。 [音楽] このアーチにもそんなA精水の歴史が刻ま れてるようにも見えます。 際駅が元々は和歌山駅だったっていうこと で駅周辺ももっと賑わっていた可能性が高 そうですよね。で、おそらくそういう人の 流れを見越して天皇地が誕生したんだと 思います。全国女性外ガイドに65件ある と記載されていることからも分かる通り、 天皇地は先ほど見てきたこの方よりも 広かった可能性が高く、実際にそれらしき 建物が周辺にいくつか残っていました。 [音楽] [音楽] [音楽] この辺の建物もかなり年気が入っています 。 [音楽] お [音楽] [音楽] とかもなかなか存在感がありますよね。 で、師匠と関係あったのかは分かりません が、この小道がすごかったです。多分もう 誰も済んでおらず、ドアや窓が開いていて ゴミが散乱しているのが見えました。映像 からは伝わりませんが匂いも結構きつかっ たですね。 なんか令和のこの時代に戦後もい頃に立て られたようなブラックが密集していて、 ある意味すごく貴重だなと思います。 [音楽] はい、ということで今回は以上となります 。それでは次の動画でお会いしましょう。 ではまた。 [音楽] ます 。

和歌山駅からもほど近い天王新地へ行ってきました。
昭和5年に誕生したという私娼窟は今も現役ですが
ぶらくり丁付近のソ●プ街のほうがメインなので
風前の灯状態です。さらに令和とは思えない
戦後のバラック小屋が立ち並ぶ一角もありました。

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【目次】
0:00 天王新地散策
3:13 さらに周辺を散策
5:00 戦後バラック小屋

2件のコメント

  1. 毎回楽しみにしています!いいですね!かつての賑わいを想像しながら歩けますね!

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