【小笠原諸島】日本なのにアジアじゃない!?東京の秘境・父島に3泊4日 | Spending 4 Days in Ogasawara Islands in Tokyo
皆さん、こんにちは。今いるここは小笠原 諸島の内島、その玄関口の二光です。今日 は2024年の9月の中旬。この前の日に 目の前に止まっている小笠原に乗りまして 、東京の滝島三橋を出発し、長い船酔いに 耐えながら24時間かけてようやくこの島 に到着したところです。 以前この小笠原に乗った際の動画を出し ましたが、今回はその続編の動画になり ます。 おさいになりますが、ここ小笠原諸島は 東京都に属してはいますが、近土の東京 からは南に約1000km離れた場所に あります。 島に空港はないのでこの島にやってくる 手段はこの噂丸るのび。 そしてこの船はなんと行きと帰りそれぞれ で週に1回しか運行していません。つまり この島を訪れる際には駅の船で丸1日、 現地で4日、そして帰りの船でまた丸1日 と最低でも合計6日間を要することになり ます。 さて今回お世話になる宿に荷物を置いてき まして再び二見へと戻ってきました。 まずは南国らしくこのハイビスカスの花が お出迎えです。 ここ小笠原ではキャンプやの野塾などと いったものは完全に禁止されており、また 宿とは言えません。なのでこの島に来る ことを考えている方はまず真っ先に宿の 確保をした方がいいでしょう。 今回は小笠原諸島には初めてやってきまし たので、今のところ本当に右も左も分から ない状態なんですが、まずはとりあえず こうやって地図を見ながら街を適当に 練り歩いて回ることにしました。 さすがに東京都だけあって道路とかは すごい綺麗でしたね。そして走っている車 は全て品川ナンバーです。 港から歩いてすぐのところにはこんな石碑 を見つけました。 どうやらこの島にはあの江戸幕府に解告を 迫ったペリーさんもやってきたみたいです ね。いや、こんな遠いところまで本当にお 疲れ様ですって感じなんですが、実はこの 頃はまだこの小笠原諸島は完全に日本の ものではありませんでした。 むしろこの島を最初に見つけたのは 1500年代いわゆる大公開時代の イギリスやオランダとかだったそうでして 日本がこの島の存在に気づいたのはその 100年後ぐらいの1670年だそうです 。 それからしばらくは各国が領有権をなんと なく出張し合ってるような状態が続き、 アメリカもこの辺りではクジラがよく取れ るってことで補迎線をよく出していったん ですが、その船の補給要因として主に ハワイからこの島に連れてこられた人もい たそうです。なのでそういったハワイ系の 人たちがこの島に最初に住み始めた人間だ そうですね。 ここ小笠原諸島は他の陸地と1度も繋がっ たことはない海洋灯になりますので独自の 進化を遂げた固有子の同植物が数を送る ことでも有名です。 お早速小笠原の固有市のお出ですね。この 変トなマングローブみたいな木を見つけ ました。これはタコの木と呼ばれるもので ここの至るところで見かけます。 名前の由来はもちろんこの特徴的な足元の 部分です。このようにですね、息が何本も 枝別れして絡まっているのがタコの足の ように見えたのでタコの木という名前なん だそうです。 まあ正直そこまでタコって感じはしない ような気がしますけどね。そして木の上の 方にはこんなパイナップルみたいな果実も 実っていました。 で、港から歩いてたった数分のところで こんな素晴らしいビーチが現れました。 多分ここがここ大沢原諸島で1番有名な ビーチだと思います。 ここは大村海岸と言いまして、この秩島で 1番大きい正強のスーパー、その裏手の方 にあるビーチになります。 そして皆さんご覧ください。この海の透明 度。 これこそが小笠原諸島が世界に誇るボニン ブルーと呼ばれる青色です。 いや、本当嘘みたいな透明度ですね。なん かあのエヴァンゲリオンの映画の最後の シーンを思い出しますよ。 この日の前日に竹島ふ島を出発した時は ですね、なんか東京湾が緑と茶色が混ざっ たような色をしていたんですが、同じ東京 の海とは思えませんね。 こうやって見ているだけで心が現れるよう な光景です。 しかもここ小笠原では海きがお正月の1月 1日でそれから12月31日まで365日 泳げるらしいですからね。 ま、実際は5月から11月くらいじゃない と少し寒いらしいんですが、それでも 改めて南国の島に来たんだなということを 実感します。 そして南国の砂浜といえばこういった白い ビーチと相場が決まっていますが実はこれ らは砂浜ではなく3号の市骸だそうです。 なのでこの辺り一体はもう全部3号の死骸 ですね。 そもそも3号って何なのって話なんですが これはですねは植物ではなく一応動物に 分類されるそうです。 海の中でゆらゆラと揺れながら自分の周り を漂っているプランクとを触るということ でクラぎやぎ着と仲間に分類されるんだ そうです。 ですが、3号は植物みたいに高合生を行う こともできるみたいです。ま、厳密に言う と3時体に高合生を行う機能は備わってい ないんですが、3号は体の中に褐食雲と いう儲かっていまして、そいつが高合生を することができまして、そいつが高合生で 得たエネルギーを少し分けてもらっている んだそうです。 そして3号は長い年月をかけて切開室の 骨格を形成しますが、3号が死んだとに それらの骨格は積み重なったものが いわゆる3号賞で癒せして一部はこうやっ て海辺に流れついてこのような美しい白い 砂浜を作り上げるというわけですね。 ちなみに当たり前ですがここ小笠原の夏は 日差しが非常に強いです。でも小笠原諸島 は日本で唯一アジアではなくオセアニアに 分類されるみたいですからね。 夏はもちろん冬でも日焼け止めは絶対に 持っていった方がいいでしょう。 あとこの涼やかな動画では全く伝わらない と思いますが湿度が非常に高いです。 しかも今回真けなことにこんな全身黒い服 で来てしまったのでこのままではあっと いう間に熱中症になってしまいます。 これはまずいぞってことで近くの正強の スーパーでこのレモンソーダを買ってき ました。 どうやらこれはここ小笠原さんのレモンを 使った商品みたいですね。 海を眺めながらレモンソーダを一口。 今回はこれからこの海に囲まれた絶対の 鼓動で丸3日間過ごすことになります。 さて、この島に来てからまだ何も食べてい ませんので、次はお昼ご飯をいただくこと にしました。 と言っても今はもう3時前なのでほとんど のお店はもう休憩に入っていたんですが ここのお店はまだやってくれてるみたい でしたね。ガジュ丸の木の下にあるおしれ なカフェです。 で、このシャークバーガーとマンゴー ジュースを注文しました。 この島には当たり前ですけど、 マクドナルドやモスバーガーみたいな ハンバーガーチェーンの類いはありません からね。多分これが島で食べられる唯一の ハンバーガーセットじゃないかと思います 。 サメを食べるのは今回が初めてだったん ですが、意外と身が柔らかくて美味しかっ たですね。食感はなんか魚のたらタラ みたいな感じだったと思います。 人休みして体力も回復したところで、次は この相映バスで島巡りをすることにしまし た。 バスの本数は1時間に1本あるかなって 感じですね。人が住んでるところには大体 これでアクセスできるみたいなんですが、 この尊営バスで面白いのはこれですね。 ここに上行自由区間と書かれていますが、 これはですね、集落から離れたところに なると、バスの乗車中、バス停じゃない 場所でも運転士さんに降りますって言っ たら好きな場所で降りられるみたいです。 運賃は大人は200円。ちなみに運転手の 方はアロハシャツを着ていました。 次はセンター。 はい。バスに乗ってから10 分ぐらいですかね。この酒井浦海岸というところにやってきました。先ほどいたのがこの島の北側にある二光周辺。そっからこのようにバスに乗ってずっと海岸沿いを走っていってここまでやってきました。 ここのビーチは小笠原の中でも結構有名な 場所でして、このようにですね、太平洋 戦争中に沈められた船が今現在も残ってい ます。 ちょうど今船の周りを泳いでる方が何人か いらっしゃいますね。 この船の名前は貧行丸というそうでして、 日本本土と裁判の間を運行していた貨物線 だそうです。 ですが、サイパに向かってる途中、 アメリカ軍に魚来を当てられ、この入江に 逃げ込んで、そして座傷してしまったそう です。 太平洋戦争の終盤頃にはここ島も島の広報 支援として日本軍に利用され、防衛のため 島中に砲大なども数を設置されました。 小笠原にやってくると、今でもこういった 当時の戦争の爪跡が当たり前のように ありやりと残っています。 あとここにはなんか砂浜の流木に作られた インスタ映するブランコみたいなのがあっ たはずなんですが、なぜか今回見当たら なくてですね。 それで調べてみたところを今見てるこの岩 の向こう側にもまだ砂浜が続いてるみたい でして、ブランコはそっちの砂浜にある みたいでした。 どうやら塩が引いてる時間だとここを 岩沿いに歩いて渡れるみたいなんですが、 ちょっと今日はもう塩が満ちてきていたの で行けませんでした。 なんかこの岩にもちょっとしたホラー穴 みたいなのが空いていますが、多分これも 戦字中に使われたものじゃないですかね。 こういうのが今でも普通に残ってるんです ね。 バスに乗って再び2周辺に戻ってきました 。 先ほど言い忘れましたが、町の中心部には こんな立派な公園もあります。 おそらくここはこの島の中で最も大きい 公園だと思いますね。 で、ここにですね、この島が戦後米軍統地 にあった頃に建てられた小学校の後地を 見つけました。 この島にも現在小学校と中学校があるん ですが、このラフォードスクールというの がその全身になってるみたいです。 先ほども言ったようにこの島、そして近く にある母島は太栄洋戦争に巻き込まれ、 先日中は当民は全員本土の方へと強制疎会 になりました。 そして終戦後はしばらくの間アメリカに よる統地に置かれるんですが、その際に この島に元々住んでいたハワイ系の当民 のみこの島に戻ることが許されました。 学校生活は全て英語で取り行われ、日本語 を話すと注意されるなどかなり厳しい学校 だったみたいですね。 再び昼間にいた大村海岸まで戻ってきまし た。 さすがにこの時間になるとだいぶ紐沈んで きたので昼間みたいな灼熱の厚さは感じ ませんね。 またこの海辺は絶滅に指定されている 青海神の三卵場所にもなってるようでして 、ちょうど今の9月あたりが散乱機が 終わったみたいですね。 青海神はとても繊細な生き物で、ちょっと した刺激でも驚いて散乱をやめてしまう そうです。 そのためもし海神に遭遇しても亀の前方に 立って進路を妨害したり懐中電灯やカメラ のフラッシュなど光を当てることは禁止さ れています。 さて、ただいまの時刻は夜の7時過ぎ。日 は完全に沈み切って辺りはすっかり暗く なりました。 今回はこの島のナイトツアーにも参加し まして、これは今ガイドの方の車に乗って いるところですね。 ガイドの方曰くこの島はあまり広くはない ので、大体10分も運転すればロング ドライブになるそうです。 また車検の際には大沢原に車を乗せて近藤 の東京の方まで行って行うとのことでした 。 この島での運転になりすぎていて、久し ぶりに東京の渋谷とかを運転すると めちゃくちゃ怖いんですよなんて おっしゃってましたね。 まずはウェザースという町で1番の展望台 にやってきました。 島の周りは果てしなく海しかないので街 から少し離れると夜は本当に真っ暗になり ます。ではマジで明りがないと何も見え ませんからね。 小笠原諸島は海だけではなく、夜空も大変 美しく日本国内で星空が最もよく見える 場所の1つとされています。 それでガイドの方にですね、こんなイン スタ映するような写真まで撮っていただき ました。まあ、さすがに肉眼ではここまで 綺麗な天野川は見えませんでしたが、それ でもずっと外を眺めていると何回か流れ星 とかを見ることができました。 から 次にやってきたのは漁線とかが多くしている三橋みたいなところ。 夜になるとこのような大きめの A やワと呼ばれるサメなどを観察することができるそうです。 今見ているこれは小笠原大コウ森と言いまして、 この千島と母島にしかいない有市の大変貴重なコウモです。 ここ小笠原初諸島は火山と つまり海のど真ん中で海底火山が噴火してできた陸地になりますので これまで他の大陸と接したことが 1度もありません。さあ、え、 なのでこの島の同植物は海の流牧や風に乗って運ばれてきたり、たまたまやってきた鳥に運ばれてきたり、もしくは人間がこの島を発見に持ち込んだものになりますが、 この小笠原大はか遠い昔にご先祖様が自力でこの島までたどり着いて独自の進化を遂げた唯一の哺乳類だそうです。 おうおう。 今これはコウモを観察するための特殊なライトで照らしているんですが、 こうやって木の上に生えてるカスとかを食べているんだそうです。 なので戦前から戦後期にかけては畑を荒らすってことで駆除されていたこともあったそうですが、 現在は天然記念物に指定され、 ここ岡沢で手厚く保護をされています。 今でこそいいでしょ。 ちなみにここ小笠原で人間を除いて食物 レスの頂点に君臨しているのはこのコウモ ではなく猫だそうですね。もちろんこの猫 たちはこの島に住み始めた人間が持ち込ん だものなんですが、それらの野生化した ものがこのコウモといった島固の生物 を捕食したりするので結構問題になってる そうです。 じゃあ、その猫たちは昔のコウモみたいに駆除するのかと言いますと、そうではなくてですね、 この島に仕掛けられている罠などで捕獲をして、それで小笠沢荒々で本土の動物病院に送られて病料病金かかっていないかを検査した後、 本土の方で里親を探すことになってるんだそうです。ま、さすがに猫を殺すのはちょっとなんかかわいそうですもんね。 この後は小笠原名物の光るキノコのクリーンペっていうやつを探しに森の中まで入っていったんですが、残念ながらそちらは見つかりませんでした。こんな感じで夜緑色に行するキノコになっていまして、雨が降った後かにはよくいいるらしいんですが、かなり寿命が短くですね、なんと 1日2日で枯れてまうです。 また写真とかだと結構大きく見えるんです が、実際は親指の爪ぐらいの大きさだそう ですね。 それでガイドの方も結構熱心に探して くださったんですが、ちょっと今回は条件 が合わずこのキノコは見ることは叶いませ んでした。 はい。で、ツアーも終わってまた街の方 まで戻ってきたんですが、止まってる宿に 戻る前に少しその辺りを散歩してみること にしました。 昼間とかは結構活気があったんですが、 これくらいの夜遅い時間になるとパタッと 人の気配がなくなりますね。 こちらは夜の小笠原丸。3日後の出行に 備えて今も準備中で明りが高校とついてい ます。 ちなみに小笠原って結構噛みやすいので 現地の人たちは小が丸小が丸って言って ましたね。 あと小笠原に挑戦してる乗務員の方は宿は どうしてるのかと言いますと、基本的には この島に低白中はこの線内でずっとネット をしているそうです。 そして港のすぐ目の前にはこの長い トンネルがあるんですが、これも結構見所 でして、このトンネルも先日中は暴空後と して使用されていたそうです。 このトンネルを抜けた先にもまだまだ集落 は続いていまして、今でも普通にこの トンネルは当民の方に使用されています。 通路の幅的に自動車を通ることはできませ んので、あくまで自転車や歩行車専用の トンネルとして町の中心部まで行く際の 近道として使われているみたいです。 ですが戦中はアメリカ軍の空爆からの避難 場所として使われていました。 トンネル内には入り口付近に大きな木の扉 も設置されていたんですが、これもいざっ て時にはこの扉を閉じてトンネルを シェルター代わりに使っていったってわけ ですね。 外で爆弾が爆発した場合、吹っ飛んできた 石とか瓦礫がトンネル内に入り込まない ようにするためなものです。 はい、次の日になりまして、小笠原滞在2 日目。今日は観光案内所でこの自転車を 借りて島をサイクリングすることにしまし た。 実はですね、今回運が悪いことにちょうど 台風が直撃するタイミングでこの島に来て しまいまして、天気予報によると今日の 夕方から明日の夕方ぐらいまで天気が 大わりするらしいです。 なので台風がやってくる前にこの島を できる限り見ておこうってわけですね。 今回はありがたいことにこんな電動 アシストの自転車を貸してくれました。 いや、これはとても助かりましたね。と いうのもこの島は結構急の坂が多いので こうやって島巡りをする際には普通の チャリだとかなりきついと思います。 ちなみに今回のように台風が接近してきた 場合でも帰りの小笠丸が結行するっ てことは滅たにないらしいですね。もし 出行に台風が縮間に近づく場合には出行を 1日か2日早め、それで迫ってくる台風 から逃げ切る形で本土の東京まで向かう そうです。 なので運が悪い方はわざわざ24時間かけ てここ小笠原にやってきたとしてもたった 1日ぐらいで東京にトんぼ帰りすることも ああるってわけですね。 ここ小笠原を観光するには時間とお金それ に加えてある程度の運も必要のようです。 また昨晩ガイドの方に教えてもらったん ですが、一応この島にもタクシーは1台 だけあるみたいです。 非常にレアな存在なので、見ることができ たらその日はいいことが起きると言われて いるそうです。 はい。で、到着しました。町の中心部から 少し離れたところにある小笠原海洋 センターです。 位置で言うと大体2校の対岸になりますね 。 ここでは青海神の保護活動を行っており、 僕のような一般人でも見学することができ ます。 で、まあこんな感じでここでいろんな画面 を見てきたわけなんですが、その中でも僕 が1番面白かったのはこれですね。 この海ガ。よく見るとなんと頭が2つあり ます。これはびっくり。 あの、人間だとごく生まれに生まれる前の 母親の体内で双子の体がくっついて生まれ たみたいな話は聞いたことがあるんですが 、こういった8類でも1つの卵から双子が 生まれるってこともあるんでしょうか? そうじゃないとこういった答えが生まれる 説明がつきませんからね。 え、この解説を読みますと、どうやらこの 海ガはこの施設で卵から孵荷して生まれた らしく、基本的にこういった相当の海ガは すぐ信じしまうことが多いんですが、ここ まで長意気しているのはこのセンターで 初めてだそうです。 ってことは自然界でこういう個体がい るってのはそこまで珍しいことではない みたいですね。 この画面はおそらく体の左半分が左の頭、 そして右半分が右の頭でコントロールされ ていて、それで心臓やの内臓は共有して いると、いわば参脚の状態なんだと思い ます。 なので他の亀と比べるとやはり泳ぎは少し ないですが、それでも左右の頭でうまく 連携しながら上手に泳いでいました。 個人的にはこの海神がこの施設で1番 面白かったんですが、他のお客さんとかは なんか意外とスルーしててですね、大体 こういった整後ままない赤ちゃん海神の方 に関心があるようでした。 こいつらもちっこい割に結構早いスピード で泳いでるんで見応えがあるんですよね。 この海神たちは大体1ヶ月前ぐらいに卵 から孵荷したみたいなんですが、すでに僕 よりも泳ぎがうまいです。 さて、中心部に戻って自転車を返却した ところで、いよいよ雨が本格化してきまし た。 台風は明日の夕方ぐらいには通りすぎて くれるみたいなので、これで今日の残りと 明日の観光は断念せざるを得ません。非常 に残念ですが、ま、船の出行が早まって 滞在日数が減るよりはマしですね。 で、雨の勢いが強くなる前に夕食をいただくことにしました。今日の夕食は小笠原名物海ガの煮込みです。え、海ガは小笠原では保護されてるんじゃなかったのって話なんですが、ここ小笠原諸では昔から海ガを食べる文化があっため、年間 135 匹と捕数に制限を貸した上でこういった食用に捕獲することが特例で許されているんだそうです。 あの、先ほど海ガの保護センターを訪れた後で大変申し訳ないんですが、 これすごい美味しかったですね。 8 類を食べるのも今回は初めてだったんですが、肉は柔らかくてすごい濃厚な味がしました。もうこれ 1つでご飯2 杯は行けますね。ちなみに島の飲食店はどこのお店も本土と比べて少しだけ料金が高かったですね。 ま、これは食材の輸送費とかが含まれているので当たり前と言いますか、それに高いって言っても 200円とか300円ぐらいですからね。 今のアメリカとかヨーロッパの物価に比べたらそんなの合ってないようなもんです。 是非皆さんも原に来る機会があれば海ガを食べてみてください。おせいたします。はい。そして大沢原大 3 日目になりました。この日の天気は予報通り大われ。 本当だったらこの日はペリーではまに行く 予定だったんですが、船はもちろん結構海 も大しの状態です。 なのでこの日は宿で大人なしくこうやって パソコン作業に徹することにしました。 さて夜になって雨もだいぶ収まってきまし たので夕食を食べに外に出てきました。 今日も京都で海神をいただきます。 今回注文したのは海ガの刺身。そしてこれもこの島の名物料理。島寿司をただきました。なんでも名時代から続く伝統料理だそうですね。普通のお寿司とは違ってこのようにネタがあらかじめ醤油付けされているのが特徴です。 これは昔冷蔵庫がなかった時代に魚を腐らせないようにするために醤油漬けにしたものをご飯に乗せて食べたのがその由来だそうです。 が 次にただくのは海ガの刺身。 食感はなんかバ肉に近いってよく言われてるみたいですね。 ま、僕はバ肉を食べたことがないのでよくわからなかったんですが、それでも変な癖みたいなのがなくて普通に美味しかったですね。ませ、 こうやって絶滅である青神を食べるのには少なからず罪悪感を感じる方もいるかもしれませんが、どうやら過剰に保護しすぎるってのもあまり良くないみたいです。 この青海ガは一応外獣でもあるそうでして漁師さんが魚を取るために設置した網を食い破ったり、また養殖されているモずクとかを食い荒らしたりするっていう被害も出ているそうです。なのでうまく人間との強制環境を作るためにもこうやって一定数の海ガを捕獲して増やしすぎないようにする必要があるわけですね。デザートにはタコの木の果実のアイスクリームをいただきました。 これはなんか味はコナツをちょっと薄くしたような感じでした。あっという間に小笠原大材最終日になりました。いや、ここに来る前は 3泊4 日少し投げえなとか思っていたんですがやることが結構色々あったので思いの早く時間が過ぎましたね。 今日は出行の時間までのんびり過ごそうと 思うんですが、最後に水戸の近くにあった この展望台に登ってみることにしました。 お、このとかゲは外来種のグリーン アノールですね。可愛らしい見た目をして いますが、小笠原の古いの昆虫を 食い荒らしている小笠原の厄介物です。 そしてようやくメインの展望台に到着し ました。 今日の天気は台風一家の海晴。青い海と 深い緑。いや、本当に素晴らしい眺めです ね。 左下にはこの後祈る小笠原丸の姿も見え ます。 つい忘れそうになりますが、ここも歴史と した東京都の一部なんですよね。 新宿とか渋谷みたいなごちゃっとしたわな 町もあれば、このような大線に囲まれた 世界遺産の島もあると。改めて東京の 振り幅の広さを実感します。 この島は離島とは思えないほど街並が すごい綺麗なんですよね。 今見てるここはナイトツアーでAを見た 飛び橋。 そしてその対岸側にあるのが海ガを見た 小笠原海洋センターになります。 あと言い忘れていましたがこの小笠原は 移住者が多いのもあって町の平均年齢は 30歳ぐらいと非常に若い村でもあります 。 意外と高齢者の割合も全国平均より相当 低いらしいですね。 一応町には診療場みたいなのはあったん ですが、大きな病院はさすがに本土に行か ないとありませんので、必然的に病気に かかりがちなお年寄りの方は本土へ向かっ てそこで治療を続けることになるそうです 。なので結果的に体が丈夫で働き盛かりの 若い人が島に残るんだそうですね。 ちなみにもしこの島で診療所で手に追え ないぐらいの重得な感じが出た場合には ですね、確か一旦この島から自衛隊の方が 駐在している井島刀の方までヘリかなんか で運ばれてそこで自衛隊の飛行機に乗せ られて本土の病院に搬送されることになっ ていたはずです。 え、もう1つついでに付け加えておくと、 今度からこの島に移住してくる人の出身地 で1番多いのは北海道らしいですね。それ でダトで1番少ないのが沖縄らしいです。 まあ、沖縄だったらここと同じくらい綺麗 な島は石垣き島とかいくらでもあります からね。わざわざ県外の島に行く必要が ないのかなって思います。 さて、いよいよ執行時間が近づいてきたの で二み光へと向かいます。 この船を逃してしまうと次の帰りの船は 泣いてもめいても1週間後になりますから ね。これは絶対乗り遅れるわけにはいき ません。 また1週間とか休んだら会社勤めの人とか は最悪首になっちゃうかもしれませんから ね。 ここにですね、観光地とかによくある有名 な町まで何キっていうのがあるんですが、 ここではもう全部島なんですね。 1番近いハ島でも59km、近藤の東京 までが979km。そして日本最難の沖の 取島までが同じぐらいの968kmの層 です。 あの思っていたよりも相当遠いんですね。 この沖の鳥島も実は小笠原諸島の一部なの で。だからそう考えると小笠原諸島って 相当後範囲に及ぶで構成されてるんですね 。 港に着くとちょうど行きのフェリーが帰っ てきました。 これはですね、ちょっと僕が勘違いしてい たんですが、どうやらこの帰りの日の朝に もこうやって母島に弾丸で行って、それで 小笠原までの出行時間の少し前に帰って くるってことも可能なようでした。 スケジュール的には島には2時間ぐらい しか滞在できないみたいなんですがいやで もまだ船が出てるんだったら行っとけば よかったなって少し後悔しましたね。 ですが、実はまた近いうちにですね、ここ 小笠原に来る予定もありますので母島に 行くのはその時まで取っておくことにし ます。 母島にはし島と同様に固有粒有の同植物が 多く、特にカツりの固有粒子が多いみたい ですね。 それでこのプラナリアとかが片積りを食べ てしまうってことですね。こういった上線 前の水際対策が必要なわけです。 フラナリアってあのいくら切りさんでも 再生することで有名な変な生き物ですよね 。小笠原にはそんなのもいるんですね。 今度から小笠原りに乗った時もそうだった んですが、川島行きのフェリーに乗る前に はこのマットでしっかりゴシゴシとくを 洗って外来種の植物の種やこちの卵を 洗い落とす必要があります。 のが手続きをして内へと入りました。 船ではこの船で最も豪華な特室を利用したんですが、 帰りはこの一等個室を利用します。はご食の営業 17 料金は7万円ぐらい。 特の部屋とは違って部屋の中にシャワーやトイレ、洗面台などはありませんでした。 ご利用ください。 ちなみに今回の海の様子はこんな感じです。 の船では波が結構高くて何度も吐きそうになっていたんですが、今日は海面が比較的穏やかみたいでしたね。 とりあえず人安心です。 さて時刻はまもなく午後の 3 時出発前に外のデッキにやってきました。 僕の他にもたくさんの条乗がこのデッキに集まってきています。 これもここ小笠原の名物の1 つでしてこのように小笠原まの出行時には島の方たちが二港に集まって盛大にお見送りをしてくれます。 このさようならじゃなくて行ってらっしゃいっていうのがいいですね。 こうやって自分の船を持ってる方はしばらくの間追いかけて見送ってくれます。気をつけてます。 そして最後まで見送ってくれた船も港へ戻っていきました。 これから先はこの船で再び東京まで24 時間の移動になります。 さて、船が出行してから2時間ぐらいが 経ちました。 今の外の様子はこんな感じ。 予想通り波の高さもせぜ2mやそこらって 感じですね。非常に穏やかな後悔となって おります。 あの、今回台風が縮まに近づくってことで 、帰りの船は相当揺れるだろうなってある 程度覚悟はしていたんですが、なんか全然 表紙抜けですね。ひどい時はこの水平線が この手すりの上ぐらいまで来ることがあり ますからね。ただもう携帯の電波とかは 完全に県外になっていますので、部屋の中 でやることといえば寝るかBSのテレビを 見るかぐらいです。あまりに暇なおかげで 動画の編集作業も非常にはどります。 これはですね、今夕方にデッキに出てきた ところで、なんか他の乗客の方が 盛り上がっていたので、とりあえずカメラ を太陽の方に向けてみたんですが、どう やらグリーンフラッシュは見られたみたい ですね。 グリーンフラッシュというのはこうやって 太陽が水平線に沈む瞬間にですね、太陽の 上の端っこの方が一瞬だけ緑色に輝く現象 だそうでして、うまく条件が噛み合った時 のみにしか見られない。なかなかレアな 光景だそうです。 もう一度ちょっとズームして見てみますが 、 確かにちょっとだけ緑色になってるような 気がしますね。 はい、次の日の朝になりました。小笠原の 旅6日目の朝。確認できる範囲ではまだ 周囲に陸地の姿は見えません。 売店に行って朝ご飯にパンとホット コーヒー。 そしてこの牛乳モ中カを買ってきました。雪の船でも行ったかもしれませんが、このアイスとても美味しいのでかなりおすすめです。 水大島につきましてご案内申し上げます。東京から南へ約 120km に致する伊豆大島は伊豆諸島の中で最も東京に近く最も大きい島です。 はまもなくレインボーブリッジを通過たしますと、東京竹島さに到着をいたします。 さて、二み光を出発してからもうまもなく 24 時間ようやく東京の街並が見えてきました。東京湾の茶色く濁った海。やはり東京の海はこうじゃないとって感じですよね。 船は駅の時と同じようにレインボー ブリッジの下を通過。 昼間にこうやってこの橋の下をくぐるのも この小笠丸ならではの経験です。 のカードは各の電源にあります。または 4にございます。 そしてようやく東京の滝芝不島まで戻ってきました。繰り返しにはなりますが小笠原首に行くためには船で丸 1日、現時で4日、そして帰りでまた丸 1日と合計で6日間もかかります。 まだ結構お金もかかりまして、ま、今回は 往復で結構いい部屋に止まったっていうの もあると思うんですが、それでも合計で 20万円ぐらいかかりましたからね。 普通の社会人の方にはなかなか厳しい条件 だと思いますが、訪れる価値は十分ある 場所だと思いました。 あの、船の乗客の皆さんもですね、なんか ほとんどみんなうっすら日焼けしている 自由人みたいな人ばっかりだったのも 面白かったですね。 この動画を見て興味を持った方はですね、 酔い止目薬を握りしめて是非この小笠に 挑戦してみてください。それではご視聴 ありがとうございました。
◆小笠原諸島 父島
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7件のコメント
わーー自分にとってめっちゃタイムリーな動画かも!!!!
成人式の集まりで小笠原に行く予定だったから久しぶりに島の様子見れて嬉しい😆
ありがとうございました😊
2024年9月中旬?
1年以上前?
何故、遅い?!
小笠原の後編楽しみにしていました。
「ヤコウタケ」神秘的でいいですね🤗島に1つだけのタクシーもワクワクです✨素敵な動画ありがとうございます🥹
前編の動画→https://www.youtube.com/watch?v=cWr1Tj-bzLk
I would love to visit here someday!
こんな場所があるんですね、すごい……!
週に1回しかフェリーがないということで自分で行くのは難しそうですが、動画を見ることで現地の様子が見られて楽しいです。
丁寧な解説で面白かったです。