【課題山積】タワマン建設ラッシュが招いた「2050年問題」と4つの課題 | 武蔵小杉 住みたい街の裏事情

[音楽] この写真は昭和30年代の武蔵小杉駅周辺 です。 武蔵小杉はかつて工場が立ち並ぶ物づりの 町でした。 [音楽] 今その姿は一変し、武蔵小杉は住みたい町 として人気を集めています。 武蔵小子は一体どのようにして今の姿に なったのか。 そしてその華やかな成長の裏にはどんな 課題が潜んでいるのか。 今回は武蔵小杉の歴史を紐解きながら タワーマンションの建設がもたらした光と 影。 そして20年後に迫る深刻な課題について 考察します。 [音楽] 東急東横線と目黒線、そしてJR南部線と 横須賀線が乗り入れをしている武蔵小杉駅 。 都心へも横浜へも20分以内で行ける武蔵 小杉の交通弁星は首都圏では軍を抜いて いると思います。 東横線の改札からマンションが立ち並ぶ 東側へ行きます。 [音楽] 駅の周辺にはたくさんのタワーマンション がそびえ立っています。 調べてみるとその数は15 歩数は7700個を超えていました。 マンションが立ち並ぶ東横線と横須賀線の 間は住所で言うと中原区丸子東3丁目。 [音楽] マンションが建設される前、このエリアの 住民は250人だったのですが、最初の タワーマンションの入居が始まった 2007年から7年間で人口が24倍に 増えています。 [音楽] これはマンションができる前の東口です。 駅前には何もありませんでした。 武蔵小杉は昔からこのような姿だったわけ ではありません。 昭和初期から戦後にかけてこの場所は景品 工業地帯の一億を担う一大工業地帯でした 。 [音楽] こちらは1980年代の駅周辺の地図です 。 80年代までこの辺りには工場が立ち並ん でいたことがわかります。 戦前は駅名も武蔵杉ではなく工業都市でし た。 現在マンションが立っている場所には かつて日本電気や東芝場、藤殺市といった な企業の向場が非めき合っていました。 [音楽] マンションの敷地の隅に向上後の火を 見つけることができます。 1990年以降、多くの工場が海外へ移転 したり、企業の東配合が進んだめ、この 場所には広大な工場土地が生まれました。 [音楽] 工場が撤退した後、川崎氏は都市の再生と 活性化を目指し、新たな都市整備構想を 打ち出します。 [音楽] その1つが21世紀の街づりの方向性を 示した2001川崎プランでした。 当初川崎市はモールやホテルなどの大規模 な商業施設とオフィスビルを建設する予定 でした。 しかしバブルの崩壊でその計画は変更を 及儀なくされます。 [音楽] 企業の誘致や商業施設の開発が困難になっ たことで川崎市は新丸子東3丁目を人が 住む街づりに方針を転換しました。 [音楽] そこに追い風となったのが交通インフラの 拡充です。 2000年に東急目黒線の遠が決定。 出ますと さらに2010年にはJR 横須賀線の武蔵小杉駅が改ます。 [音楽] 都心へのアクセスが拡段に向上したことで武蔵小杉は一気に住宅地としての魅力を高めていきました。 短期間で急激に人口が増加した町は新たな 課題も生み出してます。 まず多くの住民が共通して感じているのが 駅の混雑だと思います。 こちらはJRと東急の武蔵小杉駅の1日 平均の利用者数です。 マンションが立ち始めた2005年から 15年間で8万人も増えています。 駅のエレベーターの利用者は皆さんベビー カー。 エレベーターに乗り切れず列になってい ます。 各鉄道会社ではホームの増設や新しい 改札口の設置など混雑緩和に向けた対策を 講じていますが、今も朝のラッシュ時には ホームや改札は見動きが取れないほど混雑 するようです。 こちらは昔ながらの商店がつる法り商店街 です。 武蔵小杉はかつて昭和のが残る商店街や 路ジが多く見られるのどかな町でした。 しかし近年短期間で数千人もの人々が流入 し町の風景は一変しました。 この急激な変化は地域コミュニティに新た な課題をもたらしています。 長年に渡り、武蔵小杉で暮らし、地元への 愛着が強い既存住民と新しく移り住んでき た住民との間ではコミュニティの形成が 難しくなっています。 マンションの住民は収入やライフスタイル が近い、同じマンション内の人たちとの 独自のコミュニティを形成する傾向が強く 、地域活動への関心は低いようです。 こうした状況は地域全体の連携を弱める 要因となり、住民が一体となった街づりを 進めていく上で大きな課題となっています 。 武蔵小杉は将来的に住民の高齢化と建物の 老朽化が一度に押し寄せる可能性があり ます。 こちらはマンションが立ち並ぶ新丸子東3 丁目の5歳ごとの年齢構成です。 これを見ると45歳から59歳の方が多い ことが分かります。 マンションの場合、同じような年代や家族 構成の方が多いため、20年後には住人は 一気に高齢化します。 現在は同居している子供も就職や結婚に出 ていく可能性もあります。 またマンションは一般的に地40年を 超えると建物の老朽化や劣化が進み立替え の検討が始まります。 武蔵小杉のマンションは2010年前後に 建設されていますので2050年頃には 膨大な修繕費用が発生する可能性があり ます。 これは住人の皆さんの高齢化の時期と 重なります 。 ね、ちょっと待って。これは中原区の内水ハザードマップです。 1時間153m 以上の雨が降った場合、黄色のエリアでは 10cmから20cm、青いエリアでは 20cmから50cm 浸水する可能性があります。 武蔵小すぎは川の地に致し、周辺盤が低く水が溜まりやすい構造になっています。 2019年の台風ではマンションの地下に ある機械室が浸水し、停電や段水、 エレベーターが停止するなど住民の生活に 深刻な影響が及びました。 これは玉川が判断したのではなく、大雨に よって下水道の排水能力を超えたこと。 そして玉川の水移の上昇で排水が滞った ことが重なり、甘水がマンションの地備に 流れ込んだために起きたものです。 2025年9月にも武蔵小杉では大雨に よる水害が発生しています。 これらの経験は単なる住みたい町では 終わらない都市としての課題を突きつけ ました。 [音楽] 僕は80年代通勤で毎日この駅を利用して いました。 当時何もなかった駅の東側のこれほどまで の発展に驚くばかりです。 [音楽] しかしこの短期間での旧長は町にいくつか の課題を突きつけています。 特に30代40代で入居した方々が高齢に なる2050年代この町は高齢化と建物の 老朽化という問題に直面することになると 思います。 [音楽] それは武蔵小杉とほぼ同時期に開発された トヨスや勝ち時きにも当てはまります。 [音楽] タワーマンション外は日本の都市開発が 抱える光と影を象徴する場所と言えるかも しれません。 [音楽] ご視聴ありがとうございました。 [音楽] y

この動画では、住みたい街として人気を集める武蔵小杉の「光と影」を徹底解剖します。
かつて日本の産業を支えた工業地帯から、わずか数十年でタワーマンションが林立する未来都市へと変貌を遂げた武蔵小杉。その華やかな成長の裏側で、いま深刻な課題が山積しています。

特に注目すべきは、数多くのタワマン住民が一斉に高齢化し、同時に大規模修繕や建て替えの時期を迎えるという「武蔵小杉 2050年問題」です。

動画で深掘りする4つの課題
【駅の混雑】 急激な人口増加による、朝夕の地獄のようなラッシュの現状。
【コミュニティの断絶】 昔からの地元住民とタワマン新住民との間に広がる深い溝。
【水害リスク】 2019年台風19号で露呈した、街の脆弱性と防災への問題。
【2050年問題】 住民の高齢化と建物の老朽化が同時に訪れる、避けられない未来。

なぜ、川崎市はこの場所にタワマンを集中させたのか? タワマンに住む人々が直面する、目に見えない問題とは?

武蔵小杉の歴史と都市開発の背景を紐解きながら、この街の未来を考えます。マイホーム選びや不動産投資、都市計画に関心のある方はぜひご覧ください。

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#タワマン
#住みたい街

19件のコメント

  1. 市部外れの公団と違って駅周辺のタワマンなら適当なタイミングで売却して若い世代に物件が流れてそこそこな新陳代謝が起きるんではないの?

  2. 冒頭の写真 まさにこれが私の中の小杉の風景 九州の叔父が業界の野球大会でやってきたグラウンドです
    高齢化は建物の形が違うだけで多摩ニュータウンと同じことが繰り返されているということですね

  3. タワーマンションは特に朝のエレベーター混雑は凄いらしいけど🚈駅に着いてもまたラッシュじゃ会社に行くだけでヘトヘトになっちゃうね💦

  4. 武蔵小杉とは直接関係ありませんが、川崎市民ミュージアムの収蔵品が台風で水浸しになった時、アホな自治体だなぁと思いました。

  5. タワマンは大地震発生時の復旧対策や老朽化への修繕費高騰などみる必要がありますね。
    武蔵小杉や豊洲といった地盤が脆弱な地域においては水害リスクも懸念材料です

  6. 武蔵小杉駅近辺は元々工場街で、地盤的にも住宅地には不向きともいわれていましたが、工場がさらに郊外(都心から遠い田舎)に大量に移転すると、企業税収減を恐れた川崎市は武蔵小杉駅近辺の工場跡地を大規模宅地開発しようと考え、2010年には横須賀線武蔵小杉駅も開業したため、鉄道利便性の劇的向上と駅近エリアの拡大によってタワーマンションが大量に林立しました。さらに一昨年は東急新横浜線開業で、横須賀線駅真横を通過する東海道新幹線の、駅へのアクセスもさらに便利になりました。

    新丸子は急行通過駅なのに近辺の家賃がやたら高いのは武蔵小杉駅徒歩圏だからですね…鉄道利便性があまりに良好なため武蔵小杉駅最寄りだと駅からかなり離れていても土地価格割高ですし。昔は日吉のほうが高かったのに…(笑)

  7. 80年代後半だろうか?友人が住んでて昔ながらの商店街が続き離れたところにおしゃれなカフェバーとかある謎の町だった印象。いつの間にいろんな線繋がったんだw
    ベビーカーいっぱい!これが車イスに老人、病院や介護の送迎の車だらけの街に変わったりするのかななどと古い団地の元住人は思うのだった。離れた店は衰退近場にしか買い物に行けないけどすでに地元商店街は空き店舗だらけになってた。まぁURだからなんとかしてくれるっぽいけど、普通の街の場合どうするんだ?

  8. 武蔵小杉や元住吉は学校が近かったので同級生も結構住んでいた。
    1975-76の話だからまさしく隔世の感の変化だ。

  9. タワマンに住んでるみなさん、莫大な資金払って購入してると思うけど(実際にいくらかかるか知らないが)、自分は逆にお金もらっても住みたくないですね。今住んでる2階建てボロアパートでじゅうぶん満足、結局は住まいって慣れなのかな?

  10. 温暖化による気候変動で水害が多発することを計画段階では考えなかったのだろうか…可能なら土地の嵩上げくらいしてからマンションを建ててもよかったはず。昭和に工業地帯ができた経緯はわからないけど、土地に見合った活用法だったんじゃなかろうかと思ってしまう。
    東横線に乗ると必ず武蔵小杉から混雑する。モールやスーパーなどを見ても所得の高そうに見える人が確かにいて、住んでる人がいることを実感する。
    地域コミュニティの問題は最近じゃ外国人排斥に利用されているけれど、日本国籍者同士でも所得や住居の違いですら課題が多くなるのだな。自治体と住民が一体となって隣人愛で共生社会を組み立てなきゃいけない。
    限った話ではないが武蔵小杉周辺は歩道は広いが自転車で移動することが考えられていない。飾りのように青ラインが路側帯に引かれたが、路側帯はそもそも道路ではないし、路駐で埋まってしまう。道路の車線を一つ完全に自転車等に明け渡すべきだろう。その上で広い歩道にも自転車レーンを作るべきだ。

  11. 水害弱いのは間違い無いが、実際には2019年?の台風で多摩川の水門の操作間違いで人為的ミスで浸水になりました。そこのところきちんと調べましょう。

  12. マンション群が立ち上がる前、中華屋のおばちゃんが立ち退きで店閉めるって言ってたから、「テナントとかに誘われるの?」って聞いたら「高すぎて無理」って言ってました。たしかに綺麗な街になったかもですが、いろんなものを下敷きにしてできたことは心に留めておいてほしい。

  13. この動画作成者は武蔵小杉アンチ派を装った実は関心あり派と見える。指摘している課題?はどこの街にもあることばかり。キレ味が足りないですね。

  14. 12年くらい前にふらっと武蔵小杉に行った時に新築と中古のマンションの見学をしたのですが、営業マンの人が自信たっぷりでオラオラ勧めてくる割にはそんなに魅力ないなあと思って買いませんでした。その後用事で行ったら駅は激混みだし、住民もオラオラしてて、買わなくて良かったなあと思いました。
    便利になったみたいだけど、駅も電車も混む生活は私には無理だ。

  15. 子供が近くの学校に通うとなると友達は殆ど全員がタワマンで暮らしている。何だかそのことを考えると嫌だな。昔の団地暮らしみたい。

  16. 人口減少時代に駅が混んでいない街の不動産を買ったら人生終わりです。
    武蔵小杉駅に人が集まるようになった結果、JR東日本と東急は競って駅周辺の不動産を買いあさるようになりました。
    これからの30年が武蔵小杉再開発の本番です。

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