【令和と昭和の交差点】新旧融合のカオスタウンがすごかった
昭和官バリバリの風景が広がっているかと 思えば、超今時の洗練されたエリアもあっ たり、昭和と和が融合している町があり ます。ただいよいよ商場官バリバリの方の 再生日が動き出すようでこの味わい深い おかげが消えてしまうのも時間の問題。今 のうちに昭和の空気を吸いまくっておか ないといけません。そして再生日エリア 以外にも古気良き時代のおかげが盛沢さ。 どんどんご紹介します。是非最後まで堪能 してください。あとこの町は万博にゆかり のある場所でもあるんです。バンパクロス の皆さん思い出に浸るご準備を。 では、昭和と令和の交差点新旧急融合の町へ。さあ、繰り出しましょう。 茨城市です。 ということで、大阪府茨城市にある本急伝鉄京都線茨城市駅にやってきました。大阪梅田へアクセス旅良行。ベッドタウンというポジションで特急を含む全車が停車。 上行人員も京都線のトップクラスという 主要駅です。で、ありながら都会過ぎず緑 豊かだし、公園や図書館などの公共施設も 充実してるし、住みやすい町という印象 です。なんてったって大阪の人気エリア 北設ですしね。実は超行けてる公共施設が あるので後でご紹介します。それを利用し たいがために引っ越してきたくなる。辛い 素敵な施設なので楽しみにしていて ください。ところで北折なんて万博と関係 ないじゃんと思った皆さんのなんでござい ます。そしてもしやあの万博かと思った皆 さんイエスイエスイエスでございます。 1970年の大阪万博へのアクセス拠点と してこの茨城市が大活躍しました。 に合わせて整備された当時最先端の駅前。 それから55年が経ち、いよいよ再生日の 計画が本格化してきました。すっかり 変わってしまうその前に今の姿を目に 焼きつけようと思います。 駅から出てきました。駅の効果下にあるの がロサビや茨城という商業施設。パッと見 も入ってるでな何とも今時なんですがと々 隠しきれない絵もさを感じます。それも そのはず。創業は平成初期。青春時代を 過ごしたぜという方いらっしゃるんじゃ ないでしょうか。現在本格的な リニューアル中でした。今時で小切れに なっても隠しきれない絵もさは残っていて 欲しいです。 さて、駅の西側はこんな感じ。バス ロータリーがドーン。さっき話した大阪 万博へのアクセス拠点となったのを きっかけに巨大化しました。万博の入場者 数は約6400万人。そのうち97%が 日本人。当時の人口が1億400万人弱と いうことは国民の半分が訪れたという計算 になります。それはさかし大変な予想だっ たと思います。今年の万博はどうだったん でしょう?チケットが取れずに行けなかっ た私にはリアルな様子を知るよしもあり ません。案外大したことなかったよとか 偉い目に覆たなどなど是非皆さんの体験団 を教えてください。読ませていただいて いったつもりになります。このバス停は今 でもしない最大級の規模で市民の足として 活躍中ですが、いよいよ50年を超える時 を経て同じ時期に登場した駅前ビルと一緒 に再生日が進もうとしています。一体 どんな風になるんでしょう。ではその駅前 ビル地区55年の昭和遺産に向かいます。 1970年、大阪万博に合わせて誕生した 組織茨城ワ と2頭からなる商業施設です。昨今の構想 ビルに比べたらもはや平やレベル。阪急 京都線の使用駅ま前にあるとは思えない 渋い佇まいです。なんだか私の通ってた中 学校に似ていて真金感が湧きました。夕方 になったらブラスバンド部の練習が聞こえ てきそうな。この建物がどうなるのかと 言うとこんな感じ。地上24回建て、高さ 86mと地上13階建て、高さ43mの ビルになるそうです。昨今の高層ビルに 仲間入りします。イメージを見ても全く イメージができない変貌ぶり。これは今の うちに激部空間を味わっておかないと未人 も思い出せなくなりそうです。 まずは謎の矢印に吸い寄せられて地下の 飲食店にレッツラゴーです。 Baby, pleasetellmewhatI’m supposedtodouse baby. I’msoblue. Baby, whydoyoutreatmelike youdo? Baby, Isoblue. Tears downlikeraindrops andthesunst whenyouwentawayI leftmeyourbaby youalwaysdothatyou dobut Ilove 懐かしくて味のある本当ゆるゆ の代ならではの注意。多くの人で逃げてい た頃を想像できました。看板の数とは裏腹 に営業しているお店は人握りや人まみ。 閉店のお知らせやシャッターだらけの風景 が切ないです。老朽化も深刻で立替えまで 騙し騙し使う感じでしょうか。自分の通い 慣れた場所ではないんですが、思い出が 重なって寂しい風景に胸が痛みます。 賑やかな時代をここで過ごした皆さんは さらに複雑な気持ちだと思います。上層会 も同じくシーンとしてました。建物の老朽 化というハード面での問題もありますが、 時代の波に乗れなかったというのも今の 状況を招いた原因かもしれません。 整備の着行は都市計画の手続きを経て 2026年度以降見込んでいるそうです。 具体的な日程は決まっていませんが、町が ガらりと変わるその前に訪れることができ て良かったです。 昭和の残像を間の辺りにしてちょっと 寂しい気持ちになったので賑やかな場所で エネルギーチャージしたいと思います。素 の目と鼻の先にある茨城半球本通り商店街 。飾り気があるようなようなナチュラル レトロな入り口が出迎えてくれます。これ 商店街の再末を大売り出しって無条件に 心解きめくんですよね。しという言葉は 商店街のためにあるんじゃないかと思う ほど年末が似合います。そして作婚の商店 街事情なんて何のさの活気を感じます。 昔ながらの雰囲気が顕在の個人商店が多く てワクワクしました。そして何かと安い 遠方から訪れる人が多いのも納得です。 さらにこの商店街の魅力として紹介して おきたいのが地元のヤングたちとのタグ。 公式ホームページでは中学生や高校生がお 店を取材した記事が載っています。これは 取材される方も嬉しいですよね。地域全体 で盛り上げているのが時代の波に飲まれず 元気な秘訣でしょうか。いつまでもこの 活気を守り続けて欲しいです。 あれ?商店街に行ったのに食べ歩きしない んだと思った皆さん。そんなやつおらへん やろ。もちろん食べました。なんなら食べ まくりました。さっきの商店街と繋がって いる2つの商店街があるのでご紹介しつつ 。まずはこちら。茨城震斎橋商店街。 100年を超える歴史があるそうで蚊の 文合川端安成なりも利用していたとか。 それにしても新西橋大阪の新西橋筋商店街 を思い出さずにはいられません。ちゃんと ご縁がありました。 震斎橋筋商店街みたいに華やぐようにとの 思いでちゃんと許可をもらって名付けた そうです。なるほど。で、まずお伺いした のはこちら。揚げたて天ぷらのタイヤ商店 。いつもご覧いただいている方たちの声が 聞こえます。どんだけ練りもん好きやねん 。めっちゃ好きです。友柔瀬の品かずで 散々悩みましたが頂いたのはイカテ。また 聞こえます。どんだけイカテ好きやね。 めっちゃ好きです。や馬でした。人気なのも納得です。魚のすり身で作ったお魚のみ焼きも気になりました。 お好み焼きの中に 全部ね、作ってるんです。小麦が入ってないんで。 そういうことなんです。と山芋と卵を解いてます。 お好み焼き ネーミング最高です。また絶対行きます。 さ、イカテの次は甘いものですよね。と いうことで、こちら横並びですぐにある 過称石。これまた様々なラインナップで私 を追い込んできます。そして頂いたのは3 色団子。可愛らしい色に心惹かれました。 可愛くて食べるのはもったいないですが いただきます。 うーん。もちもち。素朴の甘さがたまり ません。花より団子なんて言いますが、 全力で賛成です。あまりの美味しさで 持ち帰り用のお餅ちまで買ってしまいまし た。まだ道中長いのに結構な重たさのもの 。それくらい美味しかったです。そして 本日3つ目の商店街。茨城中央銀座商店街 。このぎゅっと狭い感じ。いい味出して ます。銀ブラしましょう。 そして伺ったのは福原商店。たこ焼きを くるくる回す音が食欲をそります。でも さらにハートをキャッチされたのが お芋入り回転焼き。お芋の案じゃなくて お芋です。どんなことになってるのかと 言うと、こちら さま芋がそのまま入ってます。合わない わけがありません。めちゃくちゃ ボリューミーで美味しかったです。毎年皆 さんが待ち詫びる限定メニューだそうで これは待ち同しいのも分かります。昭和に タイムスリップできる店内はさすが創業 90年を超える貫禄。 来たことないけど、なんか懐かしいのんびりできました。 ごちそうさでしたいました。 さて、たっぷり歩いてたっぷり食べて商店街の端っこまで来ました。次はこの先にある癒しスポットでまったりしましょう。安心してください。一旦もぐもぐタイムは終了です。 あくまで一旦 商店街を抜けてすぐに現れたのは茨城神社 。町の幻想が一気に消えてす々しい空気に 包まれます。 初詣出やお祭りの時は多くの人で ごった返すそうです。さすが町の名前を 感じている神社。地元の方にとって特別な 場所です。たっぷりと振り注ぐ光、鳥の 鳴き声、そして本殿の木の香り。目も耳も 鼻も癒されました。 茨城神社から見えていった高台のような ものが気になってやってきました。神社の 敷地から見上げる感じはどう見ても川の だったんですが川はありません。正確には 今は川ではありませんでした。元茨城川 緑地という表示の通り元川天井側だった 茨城を廃線にして緑地にしたそうです。下 から見上げた土手の印象あってました。 それにしても町のど真ん中を貫く全長 5kmの緑地贅沢ですよね。春には 1000本以上の桜が先誇る花の名所だ そうです。商店街と神社と緑地がぎゅっと くっついていて素敵な環境。地元の方が 羨ましいです。そしてこの後さらに茨城 市民が羨ましくなる施設が現れます。 目に行って引っ越したくなります。 引っ越したくなるほど魅力的な施設にやっ てきました。ホールや図書館、子育て支援 センターなどが入っている茨城市の文化 施設オニクルです。オニクル。一体どんな 意味があるのかと言うと、怖いお兄さんで も来たくなっちゃうくらい楽しい場所。だ からでなんで鬼なのかと言うと、茨城市の マスコットキャラクターが鬼だから。で、 なんでマスコットキャラクターが鬼なのか と言うと、茨城同時という伝説に出てくる 鬼が茨城市の出身だから。ああ、長かった 。ということで茨城市では鬼の茨城同士が あちらこちらに登場します。ちなみに市の ホームページのチャットボットも鬼です。 可愛い。そして鬼も来たくなるほど楽しい お肉ご覧いただきましょう。 居心地がいい。この一言に尽きる空間です 。その秘密は考えに考えられた設計と市民 目線のルール。便利だろうとあれもこれも 詰め込まず厳選したものを使い勝手よく 配置。飲食禁止なんてルールもガチガチに は決めず。できる限りオッケーなエリアを 増やしたり、徹底した市民目線が成功の 秘訣でした。それにしても市民目線と言い つつ残念な結果に終わる行政が多い中、 なぜ茨城市は成功したんでしょうか?それ は市民と対話しまくったから。施設が完成 する何年も前から市民がオニクルを 使いこなすためのワークショップを100 回以上、時間にして5500時間以上費し たそうです。マジ市民目線で感動すら覚え ます。毎日ここに通えるなんて本当 羨ましいです。いろんな建築やデザインを ガンガン受賞していますが、行政の方が 何より嬉しいのは市民の皆さんがこんなに 気に入って使ってくれてるってことじゃ ないでしょうか。引っ越す理由に十分なる 施設でした。 オニクルを出て阪急の駅じゃない方向へ 進むとあるのがもう1つの鉄道JR茨城駅 です。阪急と同じく1970年の大阪万博 に合わせて開発されたのでよく似ています 。見に行きましょう。昭和官が漂ってきた と思ったら商店街が登場しました。JR 茨城駅前商店街。古きよき時代のおかげ ばっちりで雰囲気最高です。ここで 生き残ってるということは名天に違いない という謎の信頼からお昼ご飯の候補を探し てみました。で、1番気になったのが ラーメンシなんですが定休日でした。 口コみめちゃくちゃいいんですよね。残念 すぎます。気を取り直して新たに見つけた 気になるお店に向かいます。 JR茨城駅に着きました。しっかり探索し たいところですが、しっかりお腹が空いて いるので一旦を超えて。目的地はこちら。 ピエロが目印のお店ポンパピエロット なんですがオーダーストップの時間過ぎて ました。ジかということで空腹限界。ここ からはなり振り構わず行きます。後のお 楽しみに取っておいた駅前ビル地下に飲食 店外があるので突撃しましょう。結論 全滅どこも開いてません。ということで何 らかのチェーンのお蕎麦屋さんに行きまし た。もはやお店の外観も取り忘れてます。 口込みでコロッケどんがあるって見かけた んですが、それもなく。以前の動画板宿で 旅そびれたコロッケンの挽解もならずでし た。今回のお昼ご飯はどう頑張っても不 完全年焼の運命だったようです。ですが この運命を覆返すべく後に私は反撃に出 ます。お楽しみに。 しっかりお腹もいっぱいになったので、 JR茨城駅をご案内しましょう。 1970年、大阪万博の輸送用に作られた という悪のバスターミナル。こちらも かなりの規模です。55年前、ここに牛 詰めで人が並んでいたかと思うと、なんだ か不思議な気分です。実は私記憶にはない んですが万博に行ったことがありまして もしかしてここからなんて思うと余計に 考え深いです。ピーク時には19秒感覚で バスが運行されていたという記事も見かけ ました。うっかり前のバスを抜いてしまう ことはないのか。なぜ20秒ではなく19 秒なのか気になります。 現在歩道橋からの階段はバリアフリーカで 使われていません。バスの待機所となって いるようです。1つだけ解放されている 階段があったので降りてみるとうっすらと 万博の名残りがありました。何って書い てるか分かりますか?心の綺麗な人にだけ 見えるのでチャレンジしてみてください。 ランチ難民でちょっとフライングして しまったんですが、次は駅前の昭和 官れ流しビル茨城ショップを散索し ましょう。開業は1970年。そう、 まさに万博の年フォントからして渋いです 。 懐かしいおかげが残っているとはいえ、 厳しい状況が買いまみえる店内でした。 2020年に格の泉が閉店したのもかなり の板手だったと思います。このJR茨城駅 周辺も一足先に再整備が動き出した阪急 茨城市駅に続いて整備される予定。この 茨城ショップもいつまであるかわからない ので昭和のおかげを味わっておくことが できて良かったです。 老朽化したビルの更新という範囲を超えて 駅前を一気に再整備する大型プロジェクト 。駅前に残っている味わい深い風景とも 近い将来お別れです。今の姿を目に 焼きつけておこうと訪れた茨城。楽しめ ました。来てよかったです。皆さんが昔 よく通ったお店や思い出があれば是非 コメント欄に残してください。同じ時代を 過ごした皆さん同士が映像と共に楽しんで くれたら嬉しいです。 最後までご覧いただきありがとうござい ました。よかったらチャンネル登録と高 評価で応援してください。ではまた次回の 動画でお会いしましょう。 ランチの反撃。不完全燃焼を晩御飯で 晴らします。伺ったのはカフェV8。 美味しい。量半端ない。スタッフの皆さん がめちゃくちゃ感じいい。一気に完全燃焼 。幸せ。
昭和感バリバリの風景が広がっているかと思えば、
超今どきの洗練されたエリアもあったり…
昭和と令和が融合している街があります。
ただ、いよいよ昭和感バリバリの方の再整備が動き出すようで、
この味わい深い面影が消えてしまうのも、時間の問題。
今のうちに昭和の空気を吸いまくっておかないといけません。
そして再整備エリア以外にも、古き良き時代の面影が盛り沢山。
どんどんご紹介します。
ぜひ最後まで堪能してください。
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▼訪れた場所▼
ソシオ
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茨木阪急本通商店街
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茨木心斎橋商店街
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鯛屋商店
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菓匠 石州
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大福屋 福原商店
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茨木神社
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元茨木川緑地
https://maps.app.goo.gl/cFqezwyhz32sctSV7
おにクル
https://maps.app.goo.gl/ts1bRe9MvsnExAtz8
JR茨木駅前商店街
https://maps.app.goo.gl/A8iQPFMzNchmb1s18
茨木ショップタウン
https://maps.app.goo.gl/PBX9TFd7hBWWvPV18
カフェぶいえいと
https://maps.app.goo.gl/k3JSmcBx8pPdmuWo8
🎥 撮影
DJI Osmo Pocket 3
sony VLOGCAM ZV-E10
iPhone 17 Pro
#昭和レトロ #街歩き #ディープスポット
34件のコメント
ソシオ、旧姓茨木ビルに永代ビル。
生まれた街で生まれた時(50ん年前)には既にあった当たり前の景色。
4歳で初めて連れて行かれた歯医者がありました。
当然ギャン泣きで先生は難儀したそうです。
ついにこの風景が変わるのですね。
阪急本通りの入り口に長崎屋、奥にはニチイ(だったかな?)。母親に手を引かれて行った買い物の思い出。
一気に記憶が戻ってきました。
懐かしい!昔、茨木にあった松下電器(現パナソニック)のテレビ事業部に勤めてました。どちらの駅前も職場の飲み会等で良く行きました。
かつての職場はとっくに閉鎖されて宅配便の集荷センターとなり、テレビ事業部は滋賀に移転してしまい、古巣のパナソニックも今はすっかり元気がない。盛者必衰の理を感じます。
お昼の反撃!ならず?まあお芋の回転焼3個で私なら満足。 5km続く緑地いいなあ
「ノンノンノンでございます」覚えてしまった。
いつも楽しく拝見しております。とくにナレーションの声に癒やされます。
懐かしい。42年位前 高校生の頃福原商店の回転焼買い食いしていました。😊
10年ぐらい前にJR茨木駅のリニューアル工事があった際に、毎日中央環状を愛車で飛ばして夜勤をしに行ってたんですが、いつも夜遅くに来て早朝に帰るので結局周辺の店舗には全然行けずじまいだったんですよね…
今はその当時ともまた少しずつ環境も変わりつつあるだろうし、出来ればあの頃の懐かしさを記憶してる間に是非とも再訪してみたいです☆
茨木産59歳、尼崎勤務35年の者です。
ようこそ、茨木へ。
どなたかも書いておられましたが、SOCIO2の地下になか卯の1号店がありました(まだ看板の文字がうっすら残ってます)
商店街入口のうどんのたつみやさん、たこ焼きの福原さんは茨木のソウルフードです。
閉店ばかりでお愛想なしでしたが、他にも春日商店街や美味しいお店もありますので、またのお越しをお待ちしております😊
もう四半世紀前の大学生だった頃、阪急茨木市から歩いてお好み焼「金的」によく通いました。あのお好み焼は最高だった。もう今は無いですよね。
私的にベスト5に入ります。
阪神打出の「幸味」、阪神香櫨園「ぼくのや」、阪急淡路「ぼんた」、阪神尼崎「寿々屋」。ぼくのやは灘ソースがなくなってから少し味が落ちた。
時点に天満「千草」。
パナスタ(パナソニックスタジアム吹田)の行き帰りにJR茨木駅はよく利用します、JR駅のバスターミナルは馴染みがあります。
待ってました、我が職場の街!
姉さんの大好物が山盛りだから、まだいらっしゃってなかったのが不思議でした・・
茨木神社は正月には初詣客の行列が表通りまで溢れるほど・・
でも阪急駅前の再開発の話は初耳でビックリしてます!
JRと阪急の間よく歩いてたのですが、あの建物って市役所か何かだと思って
市民じゃないから行く用事がないって思ってましたw
おぉ〜茨木‼️2年前から茨木市民です、行ったことない場所の紹介ありがとうございます😊行ってみます。
今回も食べ歩きメインの商店街巡りかな❓
茨木といえば、「限界ニュータウン」で有名な茨木台ニュータウン(京都府亀岡市)・・
オニクルから元茨木川を挟んだ隣の高校は、日本近代水泳発祥の地を名乗っています。
もぐもぐタイム好きなので沢山してもらって大丈夫です〜!😊
どちらも駅前、昭和ですね。
時の流れとは言え、建て替えは仕方がないですね。😢
年がバレますが、EXPO❜70の時は小学校入学でした。
2階ほど行ったと思いますが、ほとんど記憶がありません。😅
高槻に住んでました。チョイチョイ茨木市駅にも行きましたが、また行きます。今度は鬼クル目当てですね。
Expo70小学校低学年の頃に行きました。太陽の塔に過激派が居座って目から出るライトの点灯が見れなかったのを憶えています。舞洲の万博も行きましたがいきたいパビリオンに入れず全然楽しくなかった😭暑い中歩き回って疲れただけでした😭
ノンノンノン☝️でございます。
をタイミングよく一緒に言えるようになりました笑
福原商店は外せませんよね。美味しいですね。JR茨木駅の近所のシルバー人材センターが経営する蕎麦屋さんがあるのですが美味しいですよ。京阪沿線も再開発でどんどんと町が変わるようです。寂しいです。
阪急、今は茨木駅に特急止まるのかぁ。
大学に通ってた頃は高槻が基本通過で通勤特急だけ止まってて茨木はどっちも通過のみだったけど。
大学から帰る時北千里まで歩く気力もないときはバスで茨木方面に向かってました。
三色団子というと、この時期だとおでんに練り物の三色団子が実家では定番だったなぁ。
あとそうかなぁと思ってたけど、どうやら写真から年齢近そう(笑)
今回も「行ったことないけど」なんだか懐かしい風景が広がる茨木市駅前のレトロ探訪お疲れさまでした🎵
阪急駅前の商業ビルの規則正しく並んだアルミサッシの窓が「学校っぽい」と感じたのは自分だけじゃなかったようでしたね😅
とはいえ中身はほとんどシャッターが閉まったままの商店街、再開発に向けて準備万端といった感じでした🤔
そしてやはり商店街の練り物屋さん、そしていつものイカ天が今回もおいしそうでしたね🦑
せっかくJRの駅前まで行ったのに、飲食店にはことごとく振られてしまいましたね😭
そのあたりのリベンジと「おにクル」でゆったり過ごす時間のために、また訪れてみてほしい街だなと思いました🥰
昭和時代、多くの時間をここで過ごしました。Socioの中にある喫茶店には学校帰りにときどきいってたような記憶があります(店の名前などは全く覚えていません💦)。懐かしい映像をありがとうございます
記憶する限り、2回目の顔出し写真でしたね。それにしてもお若い??
兵庫県から茨木にある大学に現役で通学しているのですが、大学は南茨木側なので今回知らないエリアがたくさんあって驚きました。今度大学帰りにでも寄ってみようと思います。
茨木って交通の便も良いし、人口も増えてるのでなかなか魅力的な都市ですね。
阪急とJR、2つの駅前ビルが両方とも55年ずーっと頑張ってこれたなんて…余りに愛おしくて思わずなでなでしたくなりました✨
ここまで残れてきたのは、きっと街の人たちの優しさもあるんやろなぁ✨
レトロさんが住みたくなった気持ち、なんだかわかる気がする(^^)
茨木や!大好き💕
昔、駅の近くの、阪急茨木市駅献血ルームに行った事があります。何でここの献血ルームわざわざ行ったのか、忘れましたが😅
もしかして、同じ年なのかな😊
よく遊ぶ連れの地元なので駅前ビルにも入った事がありますし、バスに乗ってエキスポシティ/旧エキスポランドや民族博物館などにも遊びに行った事が何度かあります。
1970年も何度か万博に行って、エキスポタワーからみた風景、スイス館の綺麗なライトアップ、観覧車に家族みんなで乗って中で食べたホットドッグの味、御堂筋線の電車は小さい窓が高い場所にあって、外が見えずにつまらない電車だった…などの記憶もあったりします。
1980年頃には、国鉄茨木駅の北側には貨物用引き込み線があって、EF65(0番台)という当時主力の立派な電気機関車がたった1~2両の貨車の入替をしていて力を持て余していたのも印象的。
当時は町中にいっぱいあった模型店巡りの延長で、大阪市鶴見区から自転車で2時間ほどかけて行っては休憩がてら入替作業を眺めていたりしました。
手元にある「近畿日本鉄道のバス」という写真集(同人誌)には1975年頃のバスターミナルに佇む近鉄バスの写真も多数掲載されているのですが、バスは今とは随分違っているのに、歩道橋や背景のビルなどは今と変わらない風景。
当時のバスなんて改造車…前中扉の中扉を塞いで後ろ扉を増設した3扉車に見えるものや、屋根の肩に「 KINKI NIPPON RAILWAY 」の文字が描かれたバスも多く残っていたような時代です。
記憶がないけど1970年の大阪万博に行かれたことがあると・・・。私より5歳ほど上のご年齢ですね。😁
看板の字体が結構きてません?
子供の頃のテレビCMでしてたなんば地下街の「虹の街」を思い出しますw
森高千里さんは茨木市生まれ
父親が大阪でミュージシャンだった
あの上岡竜太郎さんやハイヒールモモコの父親がミュージシャン仲間だったとか…知らんけど😂
コロッケうどん残念でした💧
茨木は多くの時間を過ごし恋をしたり親友達とも出会った青春時代です。
狭い車に4人で夜中に須磨まで行こうぜってノリだけで行ったのは良い思い出ですw