懐かしい町並 山梨市北 山梨県
山梨市北集落は甲府盆地の北東、笛吹川の上流右岸に位置する。窪八幡神社の門前町として発展した北集落は江戸時代には八幡北村と呼ばれていた。
江戸はじめは幕府領、のち甲府藩領、享保9年(1724)幕府領、宝暦12年(1762)清水家領、寛政7年(1795)幕府領、天保元年(1830)清水家領、安政3年(1856)からは幕府領(石和代官所のち甲府代官所)
文化初年(1804~18)の家数166・人数566・馬14。
窪八幡神社の参道は人家が密集して町場をなし、横町・馬場町・横屋町・上町・下町などに区画されていた(東山梨郡誌)。
清水家領時代の天保3年(1832)から安政3年(1856)まで清水家の陣屋が置かれていた。
田は6反余りしか無かったが、畑では麦・栗・稗・大豆・蕎麦・里芋などが作られていた。また養蚕が盛んであって、3割から4割の家で行われ、サナギのまま売っていた。鍛冶屋・紺屋・大工・畳屋・桶屋などがおり、木賃宿も2軒あった。
今も窪八幡神社前がそのまま町並みである。街道筋の町並みでないので、道路に面して建てられていないが、一般の農村集落とは異なり、造り酒屋さんや特別大きな屋敷を構えている豪邸もある。大型の家では空気抜きが設けられているので、江戸末期から明治にかけて盛んに行われた養蚕家屋でしょう。
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音楽:中北音楽研究所