徳島県 海部郡 薬王寺

    平等寺から車で30分ほどで徳島県最後の札所薬王寺へ。
    有名な厄坂を上がり、薬師如来の御真言を唱えながら臼の中の香を年の数だけ杵でつくと無病息災が約束される臼と杵を何も知らずにスルーして立派な本堂と大師堂、瑜祇塔へ。
    日和佐の眺めが綺麗でした。
    肺大師の湧水を少し頂き参拝後は、近くの薬王寺温泉 湯元 醫王の湯で温泉につかり、阿波尾鳥のから揚げ定食を頂いてホテルへ。

    この日は18番~23番とお松大権現を廻ったので、くたくたでした。

    Wikipedia抜粋
    ご本尊:薬師如来
    四国八十八箇所の第23番札所。 厄除けの寺として知られる。

    神亀3年(726年)に聖武天皇の勅願により行基が創建と伝わる。弘仁6年(815年)には平城上皇の勅命によって弘法大師が厄除けのため薬師如来像を刻み、伽藍を建立。

    文治4年(1188年)火災により堂塔を焼失した。伝承によると、この時に本尊は奥之院の玉厨子山に自ら飛んで焼失を逃れた。その後、後醍醐天皇により堂塔が再建された。本尊が新たに彫られたが、元の本尊もこの時に飛んで帰り後ろ向きに厨子に入り自ら厨子を閉じたと伝わり、「後向き薬師」と称される。元の本尊は以後秘仏となった。このため本尊が二体ある。

    天皇、淳和天皇などからの信仰は厚く、歴代天皇が厄除け祈願のため勅使を下向させている。嘉禄2年(1226年)には土御門上皇が訪れた。徳島藩主の蜂須賀家から寺領を賜っている。
    現在の本堂は明治41年(1908年)に再建されたものである

    四国八十八カ所霊場會HPー薬王寺の歴史・由来抜粋ー
    高野山真言宗の別格本山でもある。厄除けの寺院としては全国的に有名で、「やくよけばし」を渡って本堂に向かう最初の石段は、「女厄坂」といわれる33段、続く急勾配の石段「男厄坂」が42段で、さらに本堂から「瑜祇塔」までは男女の「還暦厄坂」と呼ばれる61段からなっている。各石段の下には『薬師本願経』の経文が書かれた小石が埋め込まれており、参拝者は1段ごとにお賽銭をあげながら登る光景が見られる。

    四国八十八カ所霊場會HP
    https://88shikokuhenro.jp/22byodoji/
    Wikipedia
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC%E7%8E%8B%E5%AF%BA_(%E5%BE%B3%E5%B3%B6%E7%9C%8C%E7%BE%8E%E6%B3%A2%E7%94%BA)
    とくしま御朱印ナビ
    https://tokushimagoshuin.com/tokushima-yakuouji-goshuin

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