岡山の山奥に突然あらわれる大都会「津山」に行ってみたぞ!!栄えた理由が全くわからない謎の街【佐用 美作】 岡山が大都会なのは有名だが実は知られざる2つめの大都会があるのは知ってますか? 大都会の定義は人それぞれ。人間の数だけ大都会の定義はある。 吾輩の大都会の定義は「なんか都会っぽい」それだけ 今日泊まってるホテル、枕元にコンセントなかった。 Okayama ドスコイ 佐用 岡山 津山
@yuria2024 on 2024.11.16 07:36 津山のイメージは、「津山30人殺し」とサムハラ神社だった こういう雰囲気なんですね 一度行ってみたいです うーんこのアーケード街ね コロナは最後の一推しになってしまったかも? コロナの一推しで復活したところもあれば、せっかくやっていた町おこしが頓挫したところもある感じ
@user-ph5lb9in4r on 2024.11.16 09:40 楽しい動画ありがとうございます。私は68歳の美作出身者です。津山は姫新線で高校に通ったのと、Uターンして最近の5年間職場に通いました。自分たちには日常の当たり前なところが、よその人の視点で見た感想がなんともユニークで面白かったです。
@kuma418 on 2024.11.16 09:48 古代キビ王国が分裂させられ、備前、備中、備後、高砂までの播磨、そしてさらに備前が備前と美作になりました。津山はその美作の中心地。江戸時代に入り、元々は、信長関連の森家、のちに、中国地方では一番格の高い松平家(マツエハンヨリカクウエラシイ)が収めていたところです。その城下町、明治を迎えた頃も今と人口は変わらず、当時は少なかった倉敷市、岡山市と同じくらいだった・・・らしいです。特に、まだ明治の文明開化が起こる前の江戸末期、津山藩からは、解剖図の載った医学書を出した人とか、西洋の言葉を「物理」とか、「化学」とか、今も使われている言葉に翻訳した人(ホンヤクトイウヨリアタラシクコトバヲツクッテイマスヨネ)とか、出ています。のちに、初代東大学長になっているみたい。もちろん、津山には帰ってきていませんけれど。住まいとしては。和算の天才少年も、津山市から東北の村に出現していました。ですから、むしろ、岡山市より、文明の先進地だったようで、その辺り、「津山洋学館」や、「箕作阮甫旧宅」に、正確なところが展示されているので、これをよんで、えっ??と思われた方は、ご自身で確かめていただけるといいと思います。いずれも検索で、ネット上でもある程度書かれているかもしれません。 私は、備前のものですので備前の自慢も。岡山藩の藩校は、萩の明倫館や水戸藩の藩校よりも著しく作られたのが早く、庶民教育の藩校である閑谷学校も二つ目の藩校として、ありました。また、旧制中学も、公式に日本帝国による学校制度で作られた都市が成立年として書かれていますが、裏で何年も前からありました。それほど、教育に重点が、「当時は」置かれていました。ナンバースクールである第六高等学校が、中国地方で一番大きな、広島市ではなく、岡山市に誘致されたのも、その表れと言うこと。と言う特色が、昔はありました・・・・昔々・・・。あ、書いていて悲しい。
@Kimikoyaf10 on 2024.11.16 11:28 スマホ認証のCAさんらが当ててるみたいだゅ?だよ?😮!津山でハロウィン宝くじ一等を当てたらしいな?コメント書いてらした方等がいましたが、、、だから、スマホのCAさん動画やらCM配信やってる方等だけだよなぁ〜😮?都内だけでしょ一等は?って書かれていましたね?ん、ハロウィンに集まる都内方々は、かなり居たみたいだしね?😮渋谷やらなんやら
@ゆねゆねこんこん-l6f on 2024.11.16 12:20 どすこいさんと同じ感想 10万人以下でかつ中国山地の山奥で周辺人口も少ない津山市が 天満屋などの百貨店(SC)、アーケード商店街がある時点で奇跡 大都会だと思う 規模は違いますが、似たような感じで高梁市も 2万ちょいしか居ないのに (寂れてはいますが)アーケード商店街や天満屋ハピータウンがあったりで 山奥にしては健闘してると思う。岡山県は奥が深い
@兵庫の田舎 on 2024.11.16 12:37 佐用町も割と広いので、佐用や三日月の人は姫路、上月の人は津山や姫路、石井の人は津山か鳥取、南光の人は宍粟、姫路に行く事が多いかも😆神戸や大阪も日帰り圏内です
@HORUMON-UDON on 2024.11.16 12:46 「でーれー」、「ぼっけー」、「もんげー」は、「ものすごい」を意味する岡山弁ですが、主に県南で使われています。津山の方は「ぶち」が一般的です。※「ぶち 大きい」「ぶち 可愛い」とか話しの語尾は「~けん」「~じゃけん」「~じゃ」が多いです。 アーケードの商店街は元々「L字の形」で繋がっていました。アルネ津山(天満屋)が再開発で建築された影響で分断されました。 北方面に向かうアーケードの天井が鏡になっていて、上を見ながら歩いた記憶が有ります。※店が閉まった後、ローラースケートを履いてアーケード街を良く遊びで爆走していました(笑)懐かしく動画を有難う御座います。
@ミモザ-w2j on 2024.11.16 12:54 岡山市出身者です。今回もとても興味深く拝見しました。ドスコイさんの解説、本当に面白いです。ちなみに、カーブしている珍しいエスカレーターは大阪府枚方市にある、京阪枚方市駅近くのビオルネという商業施設に今もあり、動いています。
@r1-a573 on 2024.11.16 13:20 あのねぇ、神戸に行きやすくなったですと?高速バス言うほど本数ないし高速の神戸のバス停ってどうしても津山や佐用経由なら中国道か山陽道でしょう?山側で市街地からはかなり距離があってなおかつアクセスが言うほどいいわけではない。料金もなかなかだし。それから佐用には観光資源が無いように言ってますが平福は宮本武蔵の出生地として道の駅もあるし、街並みも旧街道で散策にそこそこ観光客きてますよ。もう少しリサーチはしたほうがいいと思います。
@maron9648 on 2024.11.16 13:22 津山の「じゃ」は関西弁の「や」ですよね柳田国男の蝸牛考みたいに言えばですが。津山で合宿免許って言うと津山じゃなくて隣の勝○町にある△央自動車学校ですね。自分もそこで二輪免許を取りましたがとてもアレなインストラクター揃いだったので免許取得後に負の感情が満載のクチコミをネットで書こうと思ったら、自分よりも闇が濃いクチコミだらけで何も書き込まずに読むに徹した思い出ですw
@伸一山根 on 2024.11.16 14:11 津山市民です。芸人のウエストランドの名前の由来になったウエストランドや岡山で一番端っこ多分美作市と佐用町の境の謎の住宅地にもいって欲しかったです。津山は岡山や美作の中でも広島弁に近いです。津山弁のなんとかしんちゃい(なんとかしなさい)とか、ぶち(たくさん)は岡山というより広島とか山口にちかいことばです
@Nao-io4zz on 2024.11.16 14:17 津山は江戸時代から牛とかの四本脚の動物を食べても良いという特権があったんですよね。肉食だから当時は身体の大きい人が多かったんじゃないかなと思います。
@takami3220 on 2024.11.16 15:14 津山は森蘭丸の弟忠政が初代藩主で出来た城下町です。森家の後結城秀康を祖とする松平が藩主と成ります。その為石高は低いが官位は高い藩で色々と優遇が有り優秀な蘭学者を排出しています。そして日本に二ヵ所しかないと言われた養生食いと称して牛肉を食べる地域で有った為ホルモンうどん等肉料理が生まれた所です。
@demizorc3394 on 2024.11.16 15:17 幼少期を河内長野で過ごし、高校まで堺、大学から神戸、仕事で10年間西播磨、母親が津山出身です。南大阪関連の動画でドスコイさんをよく見てますが、前回・今回は西播磨、津山と僕にドンピシャでした👍津山は今もお墓参りで行きますが、子供の頃の40年前はもっと栄えてました。
@面白くない人 on 2024.11.16 15:56 4:58 その考えは浅いのではないかい?街の発展には特急も深く深く関わってますよ。むしろ地方は特急の方が‥‥。都会にしか住んだことがない人はわからないかもだけど、地方都市に「快速」って概念は無いのよ。快速は発展した都市に設けられる証のようなものと考えたほうがよろしいかも。特急は都市内ではなく都市間を輸送するための列車。 特急ある所に流動あり。流動ある所に発展あり。 特急は街の発展に大きく貢献している存在です。都市環境の面においてもね。というわけでその魅力にどっぷり浸かってください。
@晴れの国佐藤 on 2024.11.16 16:49 つい最近、お勧めで出てきて見始めた者ですが、動画の中の情報でいくと、40代前後なのかなぁという事に驚きました。ぼっこう若く感じており、方言学に興味のある方なのかなぁくらいに思ってました。テンポが良く構成も楽しませていただいていますので、これからも岡山の地元民でも見過ごしている穴場の探索動画を楽しみにしています。でぇれんじゃぁけぇ・ぼっけぇんじゃぁけぇん。などの自然的な使い分けができない世代が増えてきているような気がしますので、今後の調査も楽しみにしています。
@69hz on 2024.11.16 18:36 津山、30年前くらいは駅前に学生が溢れて、喫茶店、ゲーセン、本屋もあり、橋を渡ると立体駐車場のデパート、その先には百貨店の高島屋がありました。もちろん銀天街も人で溢れていました。今となってはあれは幻だったのかと思うほどです。
47件のコメント
前編の播州赤穂〜岡山市の謎エリア動画もみてね
https://youtu.be/3xo9OyAFOoc
津山に車で行って困るのはレストランが見つからん、有っても潰れてる。あちこち廻って昔から在る津山ホテルに行った。
津山のイメージは、「津山30人殺し」とサムハラ神社だった こういう雰囲気なんですね 一度行ってみたいです うーんこのアーケード街ね コロナは最後の一推しになってしまったかも? コロナの一推しで復活したところもあれば、せっかくやっていた町おこしが頓挫したところもある感じ
佐用のホルモンうどんと言えば、つけダレで食べるスタイルが普通だと思いましたが、お店によって違うんですね
倉敷ですが「じゃ」は普通に多用するので、広島では使わないのは驚きです
岡山の県北でやり始めたんや
お疲れ様でした♪ドスコイさん。広島では今でも〜じゃ、じゃけんは使いますよ。
ヨダレ出すぎて脱水症状なりました。味わい深かったです。
柏と松戸、市の人口は、松戸の方が多いです。そこは、譲れないw
津山にßźの稲葉さんの地元です😅
楽しい動画ありがとうございます。私は68歳の美作出身者です。津山は姫新線で高校に通ったのと、Uターンして最近の5年間職場に通いました。
自分たちには日常の当たり前なところが、よその人の視点で見た感想がなんともユニークで面白かったです。
ドスコイさんの動画は楽しいね見てたらこの町へ行ってきた感じがした!すごいぞ!これかもどんどん動画上げてください。
古代キビ王国が分裂させられ、備前、備中、備後、高砂までの播磨、そしてさらに備前が備前と美作になりました。
津山はその美作の中心地。江戸時代に入り、元々は、信長関連の森家、のちに、中国地方では一番格の高い松平家(マツエハンヨリカクウエラシイ)が収めていたところです。その城下町、明治を迎えた頃も今と人口は変わらず、当時は少なかった倉敷市、岡山市と同じくらいだった・・・らしいです。
特に、まだ明治の文明開化が起こる前の江戸末期、津山藩からは、解剖図の載った医学書を出した人とか、西洋の言葉を「物理」とか、「化学」とか、今も使われている言葉に翻訳した人(ホンヤクトイウヨリアタラシクコトバヲツクッテイマスヨネ)とか、出ています。のちに、初代東大学長になっているみたい。もちろん、津山には帰ってきていませんけれど。住まいとしては。和算の天才少年も、津山市から東北の村に出現していました。
ですから、むしろ、岡山市より、文明の先進地だったようで、その辺り、「津山洋学館」や、「箕作阮甫旧宅」に、正確なところが展示されているので、これをよんで、えっ??と思われた方は、ご自身で確かめていただけるといいと思います。いずれも検索で、ネット上でもある程度書かれているかもしれません。
私は、備前のものですので備前の自慢も。岡山藩の藩校は、萩の明倫館や水戸藩の藩校よりも著しく作られたのが早く、庶民教育の藩校である閑谷学校も二つ目の藩校として、ありました。また、旧制中学も、公式に日本帝国による学校制度で作られた都市が成立年として書かれていますが、裏で何年も前からありました。
それほど、教育に重点が、「当時は」置かれていました。ナンバースクールである第六高等学校が、中国地方で一番大きな、広島市ではなく、岡山市に誘致されたのも、その表れと言うこと。
と言う特色が、昔はありました・・・・昔々・・・。あ、書いていて悲しい。
癒し系チャンネル…ほんと心が落ち着く。毎日顔出してほしい
面白かったですね外部の方の感想は
美作宮本村の新免武蔵
細かい事ごめんなさい
特急はスーパーはくとです
電車じゃなく気動車(ディーゼルカー)です
電車ではなく列車と呼ぶほうがベストですね
スマホ認証のCAさんらが当ててるみたいだゅ?だよ?😮!津山でハロウィン宝くじ一等を当てたらしいな?コメント書いてらした方等がいましたが、、、だから、スマホのCAさん動画やらCM配信やってる方等だけだよなぁ〜😮?都内だけでしょ一等は?って書かれていましたね?ん、ハロウィンに集まる都内方々は、かなり居たみたいだしね?😮渋谷やらなんやら
えーっ新しい動画なのお
新しい動画なんですよ、
このチャンネル登録している方なら多分分かってくれる文章でものまねでした
津山市から、芸能人・スポーツ選手けっこう出てますよ。
津山が大都会?ちょっと無理があるで❗田舎町どう見ても
合併前から さよぐん さようちょう でした
佐用に住んでたとき小学校で習いました
現在は津山在住です
どすこいさんと同じ感想
10万人以下でかつ中国山地の山奥で周辺人口も少ない津山市が
天満屋などの百貨店(SC)、アーケード商店街がある時点で奇跡
大都会だと思う
規模は違いますが、似たような感じで高梁市も
2万ちょいしか居ないのに
(寂れてはいますが)アーケード商店街や天満屋ハピータウンがあったりで
山奥にしては健闘してると思う。岡山県は奥が深い
佐用町も割と広いので、佐用や三日月の人は姫路、上月の人は津山や姫路、石井の人は津山か鳥取、南光の人は宍粟、姫路に行く事が多いかも😆神戸や大阪も日帰り圏内です
親友の出身地津山…近くの川で鮎が釣れたり、なかなかいい街です。
「でーれー」、「ぼっけー」、「もんげー」は、「ものすごい」を意味する岡山弁ですが、
主に県南で使われています。
津山の方は「ぶち」が一般的です。
※「ぶち 大きい」「ぶち 可愛い」とか
話しの語尾は「~けん」「~じゃけん」「~じゃ」が多いです。
アーケードの商店街は元々「L字の形」で繋がっていました。
アルネ津山(天満屋)が再開発で建築された影響で分断されました。
北方面に向かうアーケードの天井が鏡になっていて、上を見ながら歩いた記憶が有ります。
※店が閉まった後、ローラースケートを履いてアーケード街を良く遊びで爆走していました(笑)
懐かしく動画を有難う御座います。
岡山市出身者です。今回もとても興味深く拝見しました。ドスコイさんの解説、本当に面白いです。
ちなみに、カーブしている珍しいエスカレーターは大阪府枚方市にある、京阪枚方市駅近くのビオルネという
商業施設に今もあり、動いています。
ラッパー🎙️の紅桜さんも津山出身❤
車道を横断しないで横断歩道歩いて欲しいです。
動画見た子供達がきっと真似します。
あのねぇ、神戸に行きやすくなったですと?高速バス言うほど本数ないし高速の神戸のバス停ってどうしても津山や佐用経由なら中国道か山陽道でしょう?山側で市街地からはかなり距離があってなおかつアクセスが言うほどいいわけではない。料金もなかなかだし。それから佐用には観光資源が無いように言ってますが平福は宮本武蔵の出生地として道の駅もあるし、街並みも旧街道で散策にそこそこ観光客きてますよ。もう少しリサーチはしたほうがいいと思います。
津山の「じゃ」は関西弁の「や」ですよね柳田国男の蝸牛考みたいに言えばですが。
津山で合宿免許って言うと津山じゃなくて隣の勝○町にある△央自動車学校ですね。自分もそこで二輪免許を取りましたがとてもアレなインストラクター揃いだったので免許取得後に負の感情が満載のクチコミをネットで書こうと思ったら、自分よりも闇が濃いクチコミだらけで何も書き込まずに読むに徹した思い出ですw
昔の地名の名残を探すときは、電柱の番号札を見るといいです。旧地名や小地名が残されている場合が多いです。今後の旅先でぜひ確認してみてください!
津山に来てくださって嬉しい。
ホルモンうどんは鉄板のお店が美味しいんです。あと稲葉さんは地元愛強いんですよ。
老婆心ながら、気動車を電車と呼ばれています
離れ小島のような都市って面白いなぁ
津山市民です。芸人のウエストランドの名前の由来になったウエストランドや岡山で一番端っこ多分美作市と佐用町の境の謎の住宅地にもいって欲しかったです。津山は岡山や美作の中でも広島弁に近いです。津山弁のなんとかしんちゃい(なんとかしなさい)とか、ぶち(たくさん)は岡山というより広島とか山口にちかいことばです
津山は江戸時代から牛とかの四本脚の動物を食べても良いという特権があったんですよね。肉食だから当時は身体の大きい人が多かったんじゃないかなと思います。
どすさん完全にドカベン越えたなおめでとう👏
最後に乗った新幹線がJR九州車だったらさらに味わい深いですね
津山は森蘭丸の弟忠政が初代藩主で出来た城下町です。森家の後結城秀康を祖とする松平が藩主と成ります。その為石高は低いが官位は高い藩で色々と優遇が有り優秀な蘭学者を排出しています。そして日本に二ヵ所しかないと言われた養生食いと称して牛肉を食べる地域で有った為ホルモンうどん等肉料理が生まれた所です。
幼少期を河内長野で過ごし、高校まで堺、大学から神戸、仕事で10年間西播磨、母親が津山出身です。
南大阪関連の動画でドスコイさんをよく見てますが、前回・今回は西播磨、津山と僕にドンピシャでした👍
津山は今もお墓参りで行きますが、子供の頃の40年前はもっと栄えてました。
しんちゃい、きんちゃい、みんちゃい って、津山では言いますよね。
締まっている=廃ってる ですね。w
4:58 その考えは浅いのではないかい?
街の発展には特急も深く深く関わってますよ。むしろ地方は特急の方が‥‥。
都会にしか住んだことがない人はわからないかもだけど、地方都市に「快速」って概念は無いのよ。
快速は発展した都市に設けられる証のようなものと考えたほうがよろしいかも。
特急は都市内ではなく都市間を輸送するための列車。
特急ある所に流動あり。
流動ある所に発展あり。
特急は街の発展に大きく貢献している存在です。都市環境の面においてもね。というわけでその魅力にどっぷり浸かってください。
懐かしい
津山はちょこちょこ遊ぶに行ってたよ
つい最近、お勧めで出てきて見始めた者ですが、動画の中の情報でいくと、40代前後なのかなぁという事に驚きました。
ぼっこう若く感じており、方言学に興味のある方なのかなぁくらいに思ってました。
テンポが良く構成も楽しませていただいていますので、これからも岡山の地元民でも見過ごしている穴場の探索動画を楽しみにしています。
でぇれんじゃぁけぇ・ぼっけぇんじゃぁけぇん。などの自然的な使い分けができない世代が増えてきているような気がしますので、今後の調査も楽しみにしています。
津山、30年前くらいは駅前に学生が溢れて、喫茶店、ゲーセン、本屋もあり、橋を渡ると立体駐車場のデパート、その先には百貨店の高島屋がありました。
もちろん銀天街も人で溢れていました。今となってはあれは幻だったのかと思うほどです。
👇考察が浅い