懐かしい町並  鯖江市  福井県

    懐かしい町並  鯖江市
     絹人絹織物王国と言われた福井県の主要産地として発展した町。江戸中期には間部氏の陣屋町として整備された町。
    享保5年(1720)越後国村上より間部氏が入封し、鯖江藩が成立したが、そのころの鯖江は北陸街道沿いの誠照寺門前の家数27軒の寒村であった。北陸道東側の東鯖江村は小浜藩領であったため、西鯖江村だけでは家臣を居住させる用地が不足し、家臣を近村の百姓家に分宿させていた。享保6年(1721)に村換えにより東鯖江村も鯖江藩領となり、北陸道の両側で陣屋町の整備が進んだ。享保14年(1729)には北陸道西側58軒、東側65軒の町並が形成されていた。
    西鯖江村の家数・人数は宝暦4年(1754)の今立郡西鯖江村五人組御改帳によると家数35(本百姓27・水呑8)。文化15年(1818)の家数37・人数150。
    東鯖江村の家数・人数は享保7年(1722)の村明細帳によると家数42(本百姓19・水呑22・寺1)・人数179。
    鯖江藩の産物としては、絹糸・真綿・麻布・綿布などがあったが、米作が主だったことには変わりない。廃藩後は鯖江の町は一時衰退したが、明治後期には機業が栄え、周辺の農村部でも盛んとなった。明治30年には鯖江歩兵36連隊が設置され軍都としても成長した。
    昭和10年頃からは繊維・眼鏡枠業が発達し、今でも当地の主産業である。中でも眼鏡枠は全国生産の8割を占めている。
    鯖江の古い町並を期待して訪ねたが、町並と云える程、伝統的な家屋が連なっていなかった。
    広い地域に、ポツリ・ポツリと袖壁のある伝統的な家屋が散らばっていた。
    そして長浜や彦根の町を真似てか、古い様式の新しい町が本町4丁目当たりに出現していた。

    古い町並を歩く  長年の私のホームページです。
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    音楽:中北音楽研究所

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