(108)【日本一周修学旅行】鳥取城包囲戦と鳥取砂丘《鳥取》
おはようございます本日は6月6日の 金曜日現在地は鳥取県の鳥取市に来ており ます今日はどこに向かっていきますかと 言いますとというか今向かっているんです が鳥取城です鳥取城で戦われた戦いという のは1番有名なのは秀吉との戦いだと思い ますので今回は秀吉と戦ったとっ取場の 戦いについて見ていきますということで やってきました向こうの奥の方に石垣が 見えていますがこちらが鳥取城ですこの 鳥取城の目の前には銅像が立っていまして あちらの人物台座の方には名前が書いて ありますキッ家は常ですキ下は常がこの 鳥取城に入ったのは鳥取城落場の寸前もう ねどうしようもないそのような状況だった んですが多分ここに色々書いてあるんじゃ ないかな 区年天下制覇を目指す織田信長の先法とし て橋秀吉の山陰進行が必死となりました 当時の織田信長はこの近畿地方周辺をもう ほとんど抑えてしまいまして信長自身は 中央にいるんだけれど自分の部下を各方面 に派遣してその派遣した軍勢が各地を制圧 していくというような方式で全国制覇を 目指していましたそれに対抗するのがこの 中国地方にいたモ氏ですで 現在僕がいるこの辺りというのは橋秀吉の 豊秀吉ですね彼が担当していたんですよ しかし鳥取城を守っている側からすると な何とかしてこれを防がなければなりませ んということで鳥取城を守っている軍勢は キ川つまりえモ市の親戚ですねの有力な 武将をここに送ってくださいという風にお 願いしますそこでやってきましたのがキ川 常ですやってきた時は部下404人を 引きいて入場したと書かれていますしかし キ川常がここにやってきた時にはもう すでにこの周辺は完全に放されていました だからこの線路がある辺りしか動くことが できないみたいなそんな状態になっていて 周りには秀吉の軍勢がいっぱい取り囲んで いたんですねき家川がここにやってきた時 というのはそんな状態だったのでもう ほとんど勝ち目がありません自分は死ぬん だという風に予感していたんでしょう伝説 としてはこのキは常取に入る際には自分の 首つまり伏した後に首を落としてもらって その首を入れる置けですねそのおけを自散 したという風に言われていますこうして き家川常はこの鳥取城に入って時給線を 戦うようになっていきましたご覧になって 分かると思いますがこちらの鳥取場は ものすごく立派なお城です目の前には橋が かかっていてここには門がありそのさらに 奥には大きな石垣がずらっと並んでいる今 はこの石垣きの上に建物が立っていない から当時の様子を思い浮かべるというのは 難しくなっていますがかつてはこの上に たくさんの建物が立ち並んでいたん でしょうお城に入っていくこちらは数年前 に復現されたものなんですがそのすぐそば には私跡鳥取場跡そして対抗がなると書か れています太鼓が鳴るというのはま太陽光 という名前からも分かります通り秀吉が 本人を置いた場所なんですが多分この場所 からは見えていないんじゃないかなこの 鳥取場の裏側の方ですねもう1つ山があり ましてその山の上に秀吉は本人を置きまし た地図で見てみるとこんな感じ現在僕が いる場所この辺りがさっき見えていた 鳥取場の領域ですけれどそのさらに奥の方 にねここに対抗がなるっていうのがあり ます大体戦いとなるとお城に向かい合う ような形で向こう側に本人が置かれそうな 気もするんですがなんで秀吉はお城の裏側 に本人を置いたのかという話は多分後から 分かってくると思います中に入っていき ましょう鳥取城を作った人としてもねこの 正面側に大きなお掘りを作っていて おそらく正面から敵が攻めてくるという 想定だったと思うんですが橋を渡っていき ますと大きな門が見えてきますおお殺意 高めですね門にはトゲトゲが付いてますよ 入った先にあるのがマあでもがないのか 珍しい大体ここら辺に穴が開いていて 向こうから攻撃しやすくしているんですが なんでないんだろうちょっとよくわかり ませんがまここから打とうと思えば打て ますね そしてマス型を超えて見えてくるのが立派 な石垣です地図があったので見てみると この周辺現在僕がいる場所の周辺ですね この辺りはまだ復元工事が行われているの か僕が1番最初に来た時はねこのモンスラ なかったんですよあ結構幅が広いところで 復してるんですねじゃあ現在地からずっと 山を登っていくようにして進んでいくと3 の丸そして2の丸で本丸って呼ばないのか な天球丸という風に書いてあります数年 経てばこの周辺にも何か建物や石書きが できるんでしょう 城は確か石垣の博物館とか呼ばれるんです よもう本当にね石垣がすごいこちらが 3の丸後で現在は高校になっているのかな この辺りまでは江戸時代頃に気づかれたっ ぽいんで 鳥っ取り調攻めの時はなかったのかもしれ ませんいや違うか江戸時体前には白の本丸 は現在の2の丸にあったと書かれています のでここが2の丸だから上の部分っていう のは後から作られたのかなあんまり詳しく ないので適当なことは言わないようにして おきますそしてこの鳥取場の中でも特に 珍しいというか日本全国でここにしかない んですよこの円形の石書きですね普通に 考えて円形にする意味は全くわからないん ですが実際になんで円形にしたのかという のはよく分かっていないそうですま使用 用素というか何のためにこれを作ったの かっていうのはですね奥の方にある石垣き あれが壊れてこないようにここにもう1つ 新しいのを作ったという風に言われている んですが近くの解説看板を読んでみても やっぱりよくわかりませんねにせよ丸い 石書きというのは日本でここにしかなく超 珍しいものということはここでお伝えして おきます石垣きの間をさらに通り抜ける ようにして進んでいきますと1番上に到着 です いやあすごいいい場所にお城を気づきまし たねこの部屋がここからは一望できますお 城は戦いのための施設という側面も持って いますが江戸時代以降はさらに強まって くるのがこの周辺を納めるための施設と いう側面ですそういうことを考えますと 部屋を一望して周辺にある田ぼの様子を 確認したりあとは街の中で火が登ってい たらね家事をいち早く見つけることもでき たと思いますので高い場所にあるお城と いうのは便利だったんだと思いますあそこ に見えている橋を渡ってマをくぐりそして 石垣きの間を縫うようにして現在地まで 登ってきたんですけれども鳥取場が強そう なお城であるということは分かったと思い ますじゃあ秀吉はそんな強そうなお城鳥取 をどうやって攻撃したのかと言いますと 攻撃をしませんでした秀吉というのは戦わ ずして勝利するという戦い方がものすごく 上手な武将でしてこの周辺をねもう抑えて しまっているんだから中にお米を入れない ようにすればいいんじゃないかという風に 考えるわけですつまり表老攻めですね こっちの海の方から切っかわしがやってき てお米を入れようとしてもそれも遮断する ということでこの鳥取場の中にこもってい た人々というのは食料不足になっていき ますそのようなことになりますともう1 ヶ月もせずに人々は餓視していったんです つまり秀吉というのはこの奥の方をずっと 囲んでしまいましてもうこっから先お米は 入れませんよというようなことをしたん ですねしかも秀吉はこの両内にいる農民と いうのをこのお城の中に追い合っていき ますじゃそれなんでやったのかと言います と人数が多ければ多いほどお米がなくなる スピードが早くなるからですねこっちの方 にどんどん農民を追やっていきまして 鳥取場の中はたくさんの人々で溢れるよう になりますそうするとお米がどんどん なくなっていきまして人々は植えて死んで いくんです人々で溢れたこの取り場内では 動けなくなった人々を動ける人々が食べる というもう本当に人が人を食べるという 地獄が広がっていきました戦国時代頃の 勉強をしている頃にはまそういった作戦も あるのか程度に思っていたんですけれど 近代とか現代の戦争の勉強していると本当 にねこういった補給の遮断ですねそのよう な戦略が取られますとマジで地獄映得が 広がっていくというのが写真や映像で残っ ていますからもうこの鳥取場というのも そういった状況だったんだろうなと思い ますちなみに多分鳥っ取市にとっては決し たい黒歴史だと思いますが鳥っ取市がね昔 ゆキャラでカえさんってのを作ったんです よで撮影殺しのカさんですねいやこれは さすがに不謹慎すぎないかという話になり ましてもうこれね使用が中止されました キカは常はこの鳥取場でお城の中にいる 家畜そして犬猫いろんなものを食べ尽くし そして草もなくなったという風に言われて います約4ヶ月間この鳥取城にこもり切っ て老場をしていたんですけれどさすがに 限界を迎えましたこうしてき川は常えば この鳥っ取り場で自外します中にいた人々 というのはご飯も食べれずにヘロヘロに なっていたでしょうからなかなかね解釈も うまくいかなかったんじゃないかなという 風に勝手に推測していますそれでは坂を 下って鳥っ取場を降りていきましょう リ川の首というのは秀吉から信長に渡され たと言われていますしかしこの鳥取にも キ川の墓と呼ばれているものがありますの でそちらを見に行きましょうま首を埋めた 場所がお墓になるのか体を埋めた場所がお 墓になるのかちょっとよく分かりませんの でそういうこともあるのかなこの鳥取に ある川家のお墓と呼ばれているものは鳥取 城のある山の後ろ側に隠されるようにして 作られていますということで山の間を抜け ていきましょう山を抜けてやってきたのが このような住宅街で住宅街のすみっこに 公園がありますこの公園少しこだいになっ ていまして丘の麓元にある解説を読んで みるとキは常行募と書かれています書いて ある内容としては鳥っ取に書いてあった 内容とほぼ同じですね最後の方が少しだけ 違うと思いますがこのゴリの塔はその結果 は常入え手の墓と伝えられているもので ある 登っていきますと5輪の塔が見えてきます お城の中にいる人々をどうにか助けて 欲しいという風にお願いして自分の首を 差し出したキッカー常ですから進家の人々 やこの地域に住んでいる人々彼らの命を 救ったという評価もすることができる でしょう僕は多分今回の旅行で鳥取りに 来るのは5回目か6回目なんですけど実は ね皆さんが鳥っ取りといえばこれと思って いるものに行ったことがないんですよ鳥取 左球ですませっかく日本一周しているし この機会に鳥取見ておこうかなという気分 になっていますので今から鳥取左球に 向かっていきます左球自体はそんなに遠い 場所にはありませんこっから3kmくらい です少し車を走らせていきますとああ左球 展望台ってのがあるのかこれは知らなかっ たなとりあえず左球を見に行く前に展望台 で全体像見ましょうか結構登ってきました よあそこに見えてる柵の向こう側が左球だ と思いますが現在確認しておくと左球の 東側ですねこっからこっちの方に左球が 広がっているそうですああ一面が左球と いうわけではなく割と建物も立ってるん ですねエジプトみたいだもうちょっと高い 位置から見ることができたらいい景色 だろうなとは思いますが昨日天の橋に行っ たばっかりですからねその印象で話して しまって申し訳ないけれど意外に ちっちゃく見えちゃうな下に降りて近くで 見た方が左球っぽさはあるのかなま せっかく登ってきたんですから何もせずに 帰らずに朝ご飯食べてないからご飯 食べようと思ったけどまだ時刻が10時 15分くらいであと45分間くらい待た ないとレストランが開かないようでした じゃあ下に降りよう今調べてみたらこの 駐車場はね無料だったんですよしかし下に ある駐車場というのは500円でしてで このリフト往復400円ということはここ に車を止めてで400円払ってリフトで 往復した方が100円儲かるということで リフトで移動していきます2日連続で リフトに乗りますねこれすごいすねリフト が行動の上を通ってますよこれ面白いな ああ近づいてみると左球だな [音楽] あこれはいいですね上の展望台から見るより全然左らしさがある上の展望台は駐車場として活用するのがいいでしょうすごいぞこれ落ダがいるどうやらこの場所から皆さんが向かっているあの左球の丘の上に行くのには往復で 40分間かるとのこと 20分間かけて向こうに行く間はいいのか もしれませんが向こうに行ってね日が照り 始めてものすごく暑い照り返しみたいな そんな感じになったらもう地獄だと思い ますので僕は向こうまでは行かなくていい かなということでまた展望台の方に戻って いきますま左球見てできることってのは そんなにないでしょうから僕は見れただけ で満足です上に登ってきましたこの辺りに 砂の美術館があるっていうのは知っていた んですが上にサブゲートがあったのか今 登ってきたのに結局坂道降りちゃうのかゾ の美術館というのは世界でここしかなく 今回のテーマはジャパン嬉しいおおいいっ すね出雲ということで山田のオロジと裾の 奥には出雲大これは 佐賀県にある吉の狩遺跡っぽいんですが こちらは天ラス大御 ああなるほどやい時代山大国をテーマにし てんのすごいな全部砂れ作ってんのか次に 現れたのが法龍寺とそしてそのお隣にある 中宮寺の 半蔵ア鳥時代ですねそしてこちらが奈良 大事のルナどうやら時代順に進んでいくっ ぽいですねこちらは鎌倉時代の源の酔い友 かな後ろに8万大菩薩って書いてあるし 現事でしょう そしてこちらはもこ集来さらに進んでいき ますとあこれ南人っぽいから南番貿易 でしょうねこれひか種ヶ島時たかな世界史 的には大公開時代にあたりますのでこちら はキリスト教の電来織田の家紋が見えるの で織田信長ですが周囲にいる人々の服装と いうのは信長の時代というよりは江戸時代 っぽく見えますねこれはおそらく日本橋 でしょうね そしてこちらは太平のようが実現された 徳川家県の面々徳川吉信めっちゃ似てるな そしてこちらはあそこに三井のマークと 富士山が見えるのでえー日本橋北にある 賀町でしょうね奥の方には姫路城も見えて いますそしてこちらはペリ黒船来光です こちらは原文化かな日本の美術浮こちらは 平安時代手前のこの格好してるから多分紫 式部ですねそして横見てみると文明会下 名治心ですおそらくこれは6名外交なんか あそこに伊藤広組っぽい人もいるなそして 第2次世界大戦 と高動経済成長現代の日本です展示内容的 に僕の好きな内容だったからかもしれませ んが非常に満足ですこんな感じだったのか Googleマップを見る限りではどう やら展示内容は結構変わっているようで僕 が来た時に偶然日本をやっていただけの ようですいや意外に面白かったですね もっと早く来たかったと思いました 鳥っ取りを訪れた際は選択肢の1つに是非 どうぞ
●X
Tweets by Y_Eschool
●Instagram
https://www.instagram.com/Youtube.ele.school
●公式ホームページ
https://youeleschool.com
●メールアドレス
marutakeebisu.yh@gmail.com
取材依頼や案件なども募集しております。
お気軽にお問い合わせください。
Amazonほしい物リスト
https://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/3ODNCBI95ULS0?ref_=wl_share
動画制作に活用する予定の書籍などのリストです。 ご支援いただける場合はよろしくお願いいたします。
#旅行 #日本史 #日本一周修学旅行
4件のコメント
小池……💡です!☺️京都駅周辺を歩く動画を観ています‼️
私が鳥取城跡を訪れた際、諸般の事情で登城できなかったので、石垣や風景を見ることができて嬉しかったです。砂の美術館の展示は本当に素晴らしいですよね。砂丘とセットでみなさんにお勧めしたいです
砂の美術館の作品素晴らしいですね!現在のテーマがJAPANって、しかも時代を追ってる作品で丸竹先生にピッタリの展示物でした。
鳥取城‥。辛い歴史ですね。
砂の美術館は、昨年行ってきました。去年はパリオリンピックだったのでテーマはパリでした。見応えありましたが、今年は日本でしたか!見逃せませんね!