「文久三年」!?鹿児島の無人島!激ヤブの中で謎の漢文石碑を発見したので解読してみた【Part-1】ー探索編①:石碑発見ー
鹿児島のシンボル桜島その南性沖置きに 奥島という無人島があります地刑図で見て みると三角点のある標高38から南は何 やら不自然なほど平坦です1960年代や 70年代にはその平地形を利用して工作が 行われていたようなんですけども現在は島 全体がヤに埋れてしまっています実はこの 平坦な地形自然のものではありません爆末 の道乱機にここに砲台が建設されたのです 小島砲題跡とありますこの砲台の歴史は 後ほど詳しく解説するとしてまずはこの島 の探索の模様をお伝えしますこの場所は今 どうなっているのか当時の遺跡は何か残っ ているでしょうか [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] あ あ あ 桜島火山観測所賀島観測医とは一体何の 施設なのか桜田島といえば日本活発な火山 であることで有名ですが桜島火山観測所は この桜島の噴火を余地することを目的に 火山による地震や近く変動を観測するため の施設だそうです歴史は意外に古く設立は 1960年となっています1955年から 桜島南岳が噴火し桜島の噴火の活動は今後 も長引くだろうという予測が発表されまし たこの予測をした些さ健造京都大学理学部 教授と地元の人々による要請がきっかけと なり観測が開始されることになりました マグマが上昇してくると地震や美といった 噴火の兆候が現れてくるんですけれども 火山観測所が接置されればそうした兆項を 素早く察知し早めに噴火警報を出すことが できますそれとニュースなどでよく耳化 警戒レベルレベル1から5を判断するため の重要なデータを得ることもできます 桜田島周辺には火山観測所が数をあって 奥島観測はそのうちの1つですこの奥島 観測には地中地震系と傾斜系温度系前級 測意衛生システムの4つが設置されてると 言います例えば今上げた中の傾斜系を使え ば今マグマが地底から上昇してきて山が わずかに膨張したなっていうのに気づけ ますわずかな地標の傾きのずれを高制度で 測定できるからですまた前級測意衛生 システムというのも傾斜系と少し似ていて こちらは地標の傾きのずれではなくて位置 のズれを数mmレベルで測定できます メインの目的は噴火の予測であり重要なの はこのような景気を駆使して資格のずれ などの噴火の兆候を精度よく検出すること ですここが島観測置されたかという点に 関しては1989年から93年にかけて 桜島の周りの島々島に観測医が整備されて 観測の強化が図られたそうなので大体平成 初期ぐらいだろうと思われます最近の 出来事としては2021年に奥島観測の 点検修理作業が行われたそうですこの石管 のようないかついのが観測というらしく深 さはなんと348mもあるとのことです この最新部に地中地震系や傾斜系が置かれ ました桜島では1914年に対象大噴火と 呼ばれる大規模がありました桜島で有資 以来起こった4回の大噴化の中の1つです 元々陸から分離してポツンと浮かんでいた 桜島はこの噴火で大隅半島と陸になりまし たそして噴火の時に起こった マグニチュード7.1の巨大地震はここ 奥島が新玄地でした奥島の真下はマグマの 通り道か何かなのでしょうかだとしたら 奥島にこれだけの観測機器を設置するのも 納得できます奥島は桜島の大噴火で生まれ たのか繰り返しになりますが桜島では前の 地形を大きく変えてしまうような大噴火が 有資以4回発生していますそして奥島は2 回目の大噴化すなわち室町時代の1475 年の大噴化でカラス島と共に形成祭だと 言われています文明7年8月の尻村火を 発世から島と一時に脇平接しというこの 大噴化は文明大噴化と呼ばれ室町時代の 1471年から76年にかけて複数回発生 したとされていますただ当時の顧問所の 信憑性には問題があり具体的な噴火日や 被害状況は明らかになっていませんちなみ に と一緒に生まれたとされるカ島は1914 年の対象大噴火で両岩に飲み込まれ て亡くなってしまいました島が海底化 現れるという事例は実は他にもあります ここが島のちょうど反対側に新島という 友人島がありますがこの島も海底からの 噴火で生まれましたこの島は3回目の大 噴火すなわち江戸時代の安栄大噴火と呼ば れる噴火の時1780年から1年以上に わたって海底噴火が度々発生し海底が流し たことで出現しました最初はこの付近に8 つの小島が出現していましたがその後合体 あるいは水没を繰り返した結果現在では 新島含めた4等だけが残っていますここ島 がどのように出現したのかについての詳細 は分かっていませんがこの新島の出現例に 見るように旅重なる海底文化によって海底 が流してその後の合体あるいは水没を 繰り返した結果現在の姿になったのでは ないでしょうか [音楽] お どこ は は あ これ [拍手] [音楽]
*石碑の全文解読は【Part-2】までお待ちください。【Part-2】は来週アップロード予定です。
▼この動画について
桜島沖に浮かぶ沖小島には、幕末期に砲台が設置されたそうです。当時の大砲がそのまま残っている事は流石に無いとは思いますが、当時の人々が残した遺跡が全くないという事も無いのではないか。それを確かめるために少しだけお邪魔させて頂きました。そして最初からネタバレしている通り、アレを見つけるわけですが、実は探索パート以上の手間をかけて、沖小島西岸にある謎の建造物の正体を詳しく解説をしていますので、そちらも飛ばさず見て頂けたら嬉しいです。
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▼参考図書
・五代秀尭, 橋口兼柄 共編『三国名勝図会 : 60巻』15(巻之43-45),山本盛秀,1905.
・東京地学協会 編『地学論叢』第6輯,東京地学協会,1915.
▼Webサイト
・桜島火山観測所. http://www.svo.dpri.kyoto-u.ac.jp/svo/
・次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト. https://www.kazan-pj.jp/
・危機管理局危機管理課(鹿児島市HP). https://www.city.kagoshima.lg.jp/kikikanri/
・『桜島 有史以降の火山活動』(気象庁HP). https://www.jma.go.jp/jma/index.html
2件のコメント
何、足踏みモーターだったの?
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*「激ムズな漢文の石碑」の解読は【Part-2】までお待ちください。
【Part-2】は来週アップロード予定です。
編集が追い付いていませんがネタは他にも沢山あります!