【知っとこみやざき】口蹄疫終息10年 記憶と教訓。想いを次世代につなぐ(2025年10月05日放送)
[音楽] おはようございます。ござます。ございます。 10 月5日曜日宮崎元気テレビの時間です。 10 月に入りましてやっと少しずつらしくなってきましたね。 そうですね。もう夜は涼しくて長袖がちょうどいいんですけど、 昼はまだまだ暑くないですか? そうなんですよ。ですので皆さん段差に注意しながらいろんな秋を楽しんでいきましょう。ではまずは嫉妬宮崎のコーナーからです。 はい。およそ30万等の家畜の尊命を奪い 、県民の暮らしに大きな影響を与えた皇帝 機の発生から今年で15年。当時の記憶と 教訓次世代の継承について取材しました。 皇帝駅とは牛や豚、イノシなどに感染する ウイルス製の電線病 大量のよだれや高熱、水袋れなどの症状の 他痛みで歩けなくなったり餌が食べられ なくなったりします。 2010年内で最初の感染が確認されたの は4月20日。 長で産業を営む原さん。 当時の状況を詳細に記録したアルバムを見せてくれました。期間中にうちのうちの状況とかを 取ったのをまとめてるので 平成22年4月20日宮崎で皇帝発生。 まさかこんなに広がって結果分ってな るって分かってなかったんで、今思えば そこら辺が甘かったのかな。多分うちだけ じゃないみんなそうだと思うんですけど、 そういう危機感のなさ もこう広がってしまった原因に あるのかなっていう風には思いますね。 初動貿易はうまくいかず感染は拡大。 地産密集地帯では同時多発的に感染が確認 されました。 ウイルスってどこからどうやってくるんだろう。 消毒しても無駄なのかな。 不安な日々を送る中、し原さんの元にもワクチン摂取の通達が ワクチンうつイコール殺処分がま、条件でっていう話だったので、ま、ここまでも生きた心地しなかったのに、もうこれはもうどん底に落とされた日がもうこの日かなっていうぐらい辛かったですね。 ワクチン摂取の人が今までは自分の牛を 守るために1ヶ月ぐらいずっともう頑張っ て消毒して健康観察しても毎日の管理し てってこの駐射れただけでもうこの子って いなくなるんだなって思った時にえ、 じゃあ私たちは今から殺処分までこの人 たちをどうやってやばいのかなみたいな もう守りたい気持ちでやってきたのにもう 守れないことが分かっ ってどうすればいいとみたいな。 そしてワクチン摂取。 いつものように朝の掃除して餌もたくさんやって、もう本当に最後の餌だと思いながら餌をやって、ま、私たち家開けたんですけどなんか申し訳なかったですよね。 なんか守ってあげれなかったっていうか、 まあ、静かでした。ありえない。うん。見たことない。 光景。光景 父がもうその場に殻になった勇者が見えた瞬間もうすまんかったっても守ってあげれんですまんかったて本当に泣き崩れて今でも思い出すけど皇定期経験した中でやっぱその瞬間が 1番辛かったですね。 自分の家族のようにずっと育てて守ってきたのに。 2010年の皇帝駅で殺処分された家畜は 29万7808等。 8月27日130 日間に渡る戦いにようやく収束が宣言されました。 発生してから収束するまで 130日間。まあ、忘れることができない ですね。宮崎の蓄地さを守るんだと。 そして日本の蓄地さんを守るんだという ことで多くの関係の皆さんにご協力を いただきながらなんとか県内で封じ込める ことができました。本当にあの感謝の思い ですね。 皇帝駅の収束後再出発を誓った篠原さん。 牛者に牛が戻ってきたのは11月でした。 その274等の牛 たちのためにもやっぱりまた再開して頑張ってこうやって勇者を一ぱすることがもうあの子たちに対してのまぐいじゃないけどやっぱり再開して頑張るって言って家族で話してですね。 [音楽] 収束から15 年を迎えた今年。当時の教訓を語り継ぎ、これからの貿易や蓄産進行につなげるため意見交換が開かれました。 毎日 肯定含めた家畜伝線病の恐ろしさっていうものをあの宮崎市民の人たちがこう広めて知ってもらうっていうことがすごく大切だと思うし、それがあの地産の将来のそのあるべき姿なんじゃないかなっていう風に思います。 [音楽] と牛の体調とかそういうのをを早期発見できるように公的ほどじゃないけど普通の風だってやっぱほったらかしたら感染して他のうちにもどんどん広がっていくと思うんで え消毒常に消毒をしていく治療よりも予防そっちの方が大事だと思います。 意見交換を高校生も含めて行いましたけど 、彼ら彼女たちは皇定期の記憶っていうの はないんですね。でもそういう経験をした ことがない記憶がない世代に対しても しっかりとこの記憶を伝えていく。そして 蓄地さをこれからも守っていく。そして 日本全体にですね、え、その蓄地を守って いく。貿易が大事なんだということを宮崎 が旗を振ってですね、発信をしていきたい なと思います。 定駅発生当時まだ小さかった息子の大使さん。今年有軍の蓄産品会に高校生として参加し、見事優賞に輝きました。 [音楽] こういうことがあったっていうのは ちゃんと伝えていかなきゃいけない義務が あると思ってますし、こんなことをまた 起こしてはいけないっていうのがやっぱ 皇定を経験した私たちの後の世代に伝えて いく大事な役面なのかなっていう風には 思ってます。 うん。 篠原さんもアルバムを見返すのも辛いと思うんですけど、でもあ辛い体験だからこそあえて記録に残したこれからもこの体験を語り継いできたいと一は力強い言葉をいただきました。 うーん。やはりこう当時のこと思うと胸が痛みますけど差を守ることって地域を守ることにもなりますのでこの同じ悲しみを 2 度と繰り返さないという思いを県民としても強く感じないといけないなと改めて思いました。 そうですよね。もう当時のことを詳しく 知らない世代もこの経験と貿易の大切さを 忘れてはならないという風に感じました。 ここまでちコ宮崎のコーナーでした。
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