京都の観光地でグルメ価格見てきたんだけどさぁ… #京都 #インバウンド #物価高 焼き鳥りが1本500円ぐらい。最初の 1杯。 [音楽] チーザーサラダで1500 円。え、シーザーサラダで 1500円。 しかもこれライトって少ないとこちゃやな。 ນ #京都観光 #100円 #錦市場 #切り抜き Kyoto インバウンド価格 オーバーツーリズム おむら旅 京都 京都 インバウンド 京都 オーバーツーリズム 京都 四条 京都 外国人 京都旅行 京都観光 国内ひとり旅 国内旅 国内旅行 旅行vlog 清水寺 物価高 祇園 錦市場 関西旅行
@shika-q4e on 2025.10.11 07:22 外国人観光客向けの商売してる店もあるでしょう。日本人との住み分けができて、きちんとお金落として貰えるなら良んでね。日本人は相場の価格で商売やってるお店で食べれば良いと思う。
@ヘビースモーカー-e9i on 2025.10.14 06:18 まぁこの機に好きなだけ外国人旅行客向けにやったらいいと思うよ。インバウンド終わって元の価格にしてとこで「あそこは人の足元見て商売してるからなー」で終わるからww
@タカクライン on 2025.10.15 02:16 いまの錦市場は、かつての風情は一切有りません。中国人経営者ばかりで、日本風な京都風な生い立ちです。京都としては、残念ながら、錦市場はもう認められません。
@みづき-b7h on 2025.10.22 10:55 🧠 京都人が「高くても当然」と考える心理構造 ① 「値段=格式」という文化的価値観 京都では昔から「安い=品がない」「高い=誇りと伝統の象徴」という発想があります。つまり、値段の高さは「品質の証」よりもむしろ「格式の演出」なんです。 例:「うちは安売りなんてしません」=“価値を下げないための誇り” だから、他県の人から見ると「ぼったくり価格」でも、京都の人からすれば「このくらい当然」「安くする方が失礼」という感覚になります。 ② 「価格より空気を売っている」意識 京都では、商品そのものよりも「雰囲気・関係性・場の空気」を重視します。そのため、実質的な内容よりも“体験料”や“伝統料”のような曖昧な価値が価格に含まれます。 例:一見さんお断りの茶屋や料亭では、値段の中に「信用料」や「付き合いの維持費」が含まれている。 その結果、外部から来た人が「え、これでこの値段!?」と感じる構図が生まれます。 ③ 「よそ者は理解しなくてよい」という排他性 京都には「うちらの価値観が分からないなら来なければよい」という防衛的な誇りもあります。つまり、“理解されないことを前提にしている”のです。 高いと文句を言われても、「京都の良さがわからんのどすなぁ」で終わり。実際には説明責任を放棄したまま、“自分たちの文化”という言い訳で自己完結している。 ④ 「お金を払わせる=立場を確保する」心理 京都社会は序列意識が強く、「相手にお金を払わせる」ことが主従関係の確認になっている場合もあります。特に伝統業や観光業では、「高くても払う客」が“わかってる人”として扱われる一方、値段に文句を言う人は“格のわからない客”とみなされがち。 ⑤ 「ぼったくりと言われても動じない」プライド防衛 外部から「高い」と言われるほど、「それだけ価値を理解できない人が多い」と解釈する。つまり、批判を“誇りの証”としてすり替える心理が働いています。これは京都に特有の「逆転防衛機制(inversion defense)」です。 🔍 結論: 京都の「ぼったくり」的価格は、 実利主義ではなく象徴主義、 取引ではなく関係性重視、 市場論理ではなく文化的ヒエラルキー、によって支えられています。 だから、**“搾取”というよりも、“支配と象徴のための価格設定”**なんです。ただし、それが市場原理の時代とズレているために「ぼったくり」と映る――これが京都特有の経済心理の本質です。
@ms3168 on 2025.10.26 11:41 錦市場、好きでしたが2年ほど前から行かなくなりました。鱧天の美味しいお店で、ちょっと飲ませていただくのが気に入ってました。今じゃ中国人が食べ歩きしながら、ゴミをポイ捨てするような、なんかイヤな雰囲気😢 すぬーぴー茶屋だけは行きます😄
29件のコメント
値段高いとこは経営○○人だと思ってる
日本人もいるかもしれないが
観光地高くなりすぎ
外国人に売った方が儲かるんだから高くするでしょ
どーせ向こうの人からしたら美味しいし値段の割に安いと感じると思う
外国人観光客向けの商売してる店もあるでしょう。
日本人との住み分けができて、きちんとお金落として貰えるなら良んでね。
日本人は相場の価格で商売やってるお店で食べれば良いと思う。
日本酒呑みたくなってきた
もっと高くしてもいいのでは?客層が安っぽい外国人ばかり増えるより全然いい
京都の観光業の奴等って頭が腐ってんで(笑) 日本人は行くべきではないな
日本人なんか買えない😢😢😢
こんな観光客相手の所は高いに決まっていますよ。日本人なら、安いところ幾らでもありますし、探せます。
中国人経営が増えてる
外国人にはボッタクリでええやろ
あと免税やめろ
まぁこの機に好きなだけ外国人旅行客向けにやったらいいと思うよ。
インバウンド終わって元の価格にしてとこで「あそこは人の足元見て商売してるからなー」で終わるからww
それでもアメリカの半分の価格
競輪場の近くに有った焼き鳥屋。競輪開催中は一本20円上げる。地元民には通常価格😅
日本人経営者負けるな。鳥貴族頑張れ
いまの錦市場は、かつての風情は一切有りません。中国人経営者ばかりで、日本風な京都風な生い立ちです。
京都としては、残念ながら、錦市場はもう認められません。
岸破の責任じゃ!ヴォケェ
京都市民は観光エリアで食べないから
観光エリアの値段が高くても気にしてない
豊洲に住んでる人に豊洲の千客万来高いよね!
って言ってる感じ。
まあ世界中の観光地でも観光客相手にボッタくってるからな。
どこの国でもおんなじだ
何で日本で中国人が商売してんねん?食べ物なんか絶対買わんわ‼️
錦市場の雰囲気なくなって行かなくなりました。
築地もそんな感じで営業してるな
しっかりと外国人をぼったくって、カモにすれば良い
日本人、寄り付かんやろう🤔
京都人ですがもう外国人はいい。特に中韓北ロの人達は!あっこれは差別でなく今までの経験から区別ですから笑
そりゃ、京都のやり口は入り口の見映えだけはよいをモットーにしてるからな。
後日請求と架空請求が集りの京都の真骨頂😅
海外みたいに観光エリアを作ってしまったらどうだろう。
🧠 京都人が「高くても当然」と考える心理構造
① 「値段=格式」という文化的価値観
京都では昔から「安い=品がない」「高い=誇りと伝統の象徴」という発想があります。
つまり、値段の高さは「品質の証」よりもむしろ「格式の演出」なんです。
例:「うちは安売りなんてしません」=“価値を下げないための誇り”
だから、他県の人から見ると「ぼったくり価格」でも、
京都の人からすれば「このくらい当然」「安くする方が失礼」という感覚になります。
② 「価格より空気を売っている」意識
京都では、商品そのものよりも「雰囲気・関係性・場の空気」を重視します。
そのため、実質的な内容よりも“体験料”や“伝統料”のような曖昧な価値が価格に含まれます。
例:一見さんお断りの茶屋や料亭では、値段の中に「信用料」や「付き合いの維持費」が含まれている。
その結果、外部から来た人が「え、これでこの値段!?」と感じる構図が生まれます。
③ 「よそ者は理解しなくてよい」という排他性
京都には「うちらの価値観が分からないなら来なければよい」という防衛的な誇りもあります。
つまり、“理解されないことを前提にしている”のです。
高いと文句を言われても、「京都の良さがわからんのどすなぁ」で終わり。
実際には説明責任を放棄したまま、“自分たちの文化”という言い訳で自己完結している。
④ 「お金を払わせる=立場を確保する」心理
京都社会は序列意識が強く、「相手にお金を払わせる」ことが主従関係の確認になっている場合もあります。
特に伝統業や観光業では、「高くても払う客」が“わかってる人”として扱われる一方、
値段に文句を言う人は“格のわからない客”とみなされがち。
⑤ 「ぼったくりと言われても動じない」プライド防衛
外部から「高い」と言われるほど、「それだけ価値を理解できない人が多い」と解釈する。
つまり、批判を“誇りの証”としてすり替える心理が働いています。
これは京都に特有の「逆転防衛機制(inversion defense)」です。
🔍 結論:
京都の「ぼったくり」的価格は、
実利主義ではなく象徴主義、
取引ではなく関係性重視、
市場論理ではなく文化的ヒエラルキー、
によって支えられています。
だから、**“搾取”というよりも、“支配と象徴のための価格設定”**なんです。
ただし、それが市場原理の時代とズレているために「ぼったくり」と映る――
これが京都特有の経済心理の本質です。
地元民ですが、誰もいかなくなりましたね。
錦市場、好きでしたが2年ほど前から行かなくなりました。鱧天の美味しいお店で、ちょっと飲ませていただくのが気に入ってました。今じゃ中国人が食べ歩きしながら、ゴミをポイ捨てするような、なんかイヤな雰囲気😢 すぬーぴー茶屋だけは行きます😄