東京・国分寺崖線 | 多摩川は動き回った!? 住宅街を貫く崖を見ていこう

え、おはようございます。ここは国分寺駅 です。なんでここに来たかと言うとですね 、国分寺凱旋という崖がね、ずっと玉摩川 が作った崖がつっているところがあるん ですけど、ま、これがこの国分寺駅のすぐ 南から始まっています。ということで、 今日は国分寺凱線を歩いていきますが、 この近くに、えっと、このなんて言うの? これマ型の池かな?有水軍というのがこの 崖の凱旋から出てるので、まずはこの凱旋 の有水を見に行きましょう。ということで 国分寺駅からちょっと歩き始めていきます 。ということで今回は東京都の南にずっと 続く崖国分寺凱旋を見ていきます。文寺 凱旋は東京都の大部分を占める武蔵の大地 が削られてできた崖です。拡大して見て みると国分寺からこの点線の位置にずっと 肯定差15m程度の崖がつっていることが 分かります。これが国分寺凱旋です。で、 国分寺凱旋のお話をする前にまずは崖の 上側武蔵野地の成り立ちを見ておき ましょう。現在玉摩川はここを流れてい ますが、実は玉摩川は流路をあちこちに 変えながら流れていて、広大な洗浄地を 作りました。この上に箱根、富士山などの 火山が数万年から数十万年かけてツもって 、それが風華体積して作られた火山倍室の 粘土関東ロー層が乗っかっています。これ が東京都の大部分を占める武蔵の大地です 。国分寺凱旋はこの武蔵野大地の中で武蔵 の面と呼ばれる約10万から6万年前に できた男級面が削られてできました。 ちなみに武蔵の面は3段階に分かれてでき ていて古い方から武蔵の1面、2面、3面 に分けられ、国分寺外線の崖の上側は武蔵 の2面、およそ8万年前のものです。この 洗浄地を作った後、約3万年ぐらい前に 玉川の龍が南側に動いて下の方の男球面、 立川面を作りながら川の横側を削っていっ てできたのがこの国分寺凱旋です。という ことで国分寺凱旋は玉側が数万年かけて 動き回ってできたものなんですが、今は大 部分が市街地に飲み込まれていてぱっと見 は分かりません。ただ現地を国分寺から 轟き渓谷まで歩きと電車でじっくり見て 回るとその肯定差をはっきりと確認でき ますので現地を回っていきましょう。 よろしくお願いします。じゃ、ちょっと こちらに、こちらの方に崖、凱旋があるの で凱旋の方に行っていきます。え、という ことで国分寺駅からですね、えっと、 こっちかな?こちらのあの南の方に行くと 崖があるので凱旋の方に向かっていき ましょう。この国分寺凱線がずっと続いて いて、ま、かなり西の方まで続いているん ですが、このま、玉摩川が昔ここの辺りを 通っていて、え、過食されたということ ですね。川によって進食された地形です。 で、あちらが駅なんですけど、駅から こっちに来るとそこに崖があるんですよ。 崖というか下がってるんですね。これが 国分寺凱旋です。ここ1回あの谷が 入り込んでいるので、ちょっとあの谷の谷 を降りて1回またもう1回武蔵の大地に 上がっていきます。こちらがあの武蔵の 大地であちらが谷になって削られています 。あ、いいっすね。これめっちゃほら 下がっていってるでしょ?この手前が武蔵 の大地でこの向こうの方が谷人になってい ます。で、その向こうにまた大地があり ますね。こういう風にあの大地がビヨンと 出てきているのをベロの下みたいな形をし てるので絶大地と言います。ま、ここの谷 もすごいんですけどさらにさらにここは へこんでますね。ここがあの昔川がここに あってま、今もあるんでしょうけどね。川 によって削られてすごいへこんでいます。 これだけあの武蔵野大地の上と侵食された 地形ね。ま、あちらに玉川があるんです けど玉川の方に向かってかなり侵食され てるのがよくわかりますね。じゃ、あちら にそのこの崖沿いかな。ちなみにこの辺り では崖のことを刷って言うんですけど、 あの刷の方に、え、有水があるようなので 、ちょっと有水を見に行ってみます。 やっぱりここに皮がありますね。ま、 腰水路ですけど、ま、この川がここを削っ てここに谷になってるんですね。で、この 谷が無数にあって、その谷に挟まれた ところが絶場大地という第地になります。 ここ泉町という交差んだけど、この向こに 本当に泉があります。で、今また第地に 上がっていきますけど、みんなね、頑張っ て車上がっていってますよ。自転車も大変 。 え、ということで、またあの凱旋の上側 ですね。え、こちらが国分寺の凱旋の上で 、え、武蔵の大地の上ということになり ますが、これかあのおの道水というのが あるので、ちょっとこちらに行ってみ ましょうか。この左手の方ですね。え、 ちなみにこの辺りは臓木林の道分寺コース になってるみたいで、ま、今この国分寺駅 からどうかな。え、この線路沿いというか ね、ちょっとこっちにやってきてるんです けど、この辺かな?今この辺りにいるん ですが、あ、現在ここか。ここですね。で 、ここがちょうど崖になっています。え、 黒分寺凱旋という崖がこうあるので、 ちょっと凱旋の方を見ていってみましょう 。この左の方ですね。こちらがまた凱旋が あります。で、そちらに今公園があるん ですけど、こっちがあの武蔵野大地ですね 。武蔵の大地になっていて、ここにすごい いい看板があって、え、国分寺凱線と人々 の生活って書いてあるんですけど、ま、 後ろのこの工場がね、え、国分寺凱旋の 上側にあるわけですけど、ま、ここにあの 色々遺跡があるっていうことなんですが、 ま、この辺なんで遺跡があるかと言うと、 この辺りがあのちょうど第地の上でね、 あの水害を受けにくいところなんですが、 大体この工程差が15mぐらいあるんです よね。15mぐらいの工程差があって、え 、この武蔵野大地というのが9万年ぐらい かな、9万年6万年前ぐらいの武蔵野面、 そして5万年、2万年前ぐらいの立川面と いうね、古い玉摩川が運んできた洗浄地が あるわけですが、この洗浄地の上なんです ね。で、えっと、ここ玉側が昔流れていて 、ここ速報新色と言うんですけど、川の 横側が削られて、ここにちょうど崖ができ ています。ちょっとその崖を見に行ってみ ましょうね。その崖沿いで水が湧いてきて います。水がありますので、で、そこが 凱旋なんですよね。そこが、え、凱旋に なっていて、向こうが玉側によって削られ て、え、速報進色された崖があるんです けど、だからここが凱旋で、こちら側が 武蔵野大地なんですけど、武蔵の大地の上 にこの国分寺があったんですね。え、私跡 武蔵の国の国分寺跡、え、北辺区画跡かな ?区画溝か。ここにあの国分寺があった ようです。なんかちょうど凱旋の上だから 、え、武蔵野大地の上ですね。で、ここに あのガランチ、ガランチ、え、Gの北辺の 区画溝跡と書いてあって、なんかですね、 こういうポコっと開いてるんですけど、 これ何かと思ったら、ここはあのへこん でるの分かりますかね?この下の方がこれ は火山がツモった関東ロー層なんですけど 、ま、これあの武蔵野地の土台ですね。 土台があって、これへこんでるじゃない ですか。この黒いところ、ここに後から泥 がツモったんだと思いますけど、元々この 黒分寺が作られた時に、え、ここに溝が 掘られていて、その溝がこうやって残っ てるんですね。な、こうやって見るとなん だかさっぱりわかんないけど、ここにこう 溝があったってことですね。こういう溝が あったと。うん。関東ローソがよく見え ます。これはあの富士山とか箱根とかの 火山ですね。これが、え、武蔵の大地を 作っています。で、さっき見たあの北編の あの溝があれなんですけど、ここにまた 看板がありました。え、奈良時代の中頃に この立てられた国分寺ですね。で、国分寺 がどこにあるかと言うと、えっと、ここに 書いてありますね。え、国分寺の背後には 緑溢れる国分寺凱旋だからこの崖がこの 辺りでは刷形と呼ばれてるんですけど、 この国分寺凱旋がずっとあって、この凱旋 の上に、え、国分寺が立っていたと。え、 で、麓元からは随所に清らかな有水が 流れ出て、今も耐えることがない。え、 近年統地において大規模開発が計画された に、え、市民による水と緑の保全を求める 運動が起こいって書いてありますね。あ、 だからそれで保護されるようになったん ですね。ま、ここがちょうど武蔵野凱旋の 、え、凱旋になっています。あ、ここにも 説明がある。え、国分寺は今から7万年 から3万年前にかけて玉摩川が、え、武蔵 の大地を侵食することによって作られた、 え、加がのつりの通称である。その延長は 約30kmに及び立川市から大田まで続い ている。凱旋には有水などの貴重な自然、 里山として利用されてきた樹目などが残り 、え、地域の原風系とも言うべき景観を 形成していると書いてありますね。え、で 、このうち崖下の池水軍は東京都の名称に 指定されて、え、名水百線に選ばれてるん ですか?あ、ちょっとこれは見に行ってみ ましょうね。え、ということでこの、えっ と、国分寺の下ですね。え、マの池水軍と いうのはこの下にあります。ちょっと見に 行ってみましょう。え、ということでここ の上が黒分寺があったということで、で、 こっからですね、こっちを見るとすごい でしょ?これこんな崖があるんですよ。 その国分寺凱旋の刷形を降りていってみ ましょう。これすごいでしょ?この階段 ですからね。降りていきます。おお、 すごい。すごい。これ降りてきたんです けどね。ちなみにこれが崖です。こん だけ皇帝差があるんですけど。へえ。 で、この下に有水軍があるということです ね。ま、ちょうどその凱旋の中の不水槽を 通ってきた水がここで出てきてるん でしょうね。これいっぱい水が沸てますよ 。ここ、ま、崖の下で水がいっぱい湧くと いうのはよくあります。ここに説明があっ た。え、姿の池水軍。ああ、ここに書いて ある。書いてある。えっと、国分寺凱旋と は?国分寺から小金三鷹重。これな何て 読むんだ?これはこれ小前って読むらしい 。小前だそうです。え、世田谷の轟き渓谷 に至る、え、標高差約15mほどの凱旋で 刷と呼ばれていると書いてありますね。え 、東京代表する優先の価値を文化剤として 評価された最初の自然地理的名称であると 。ま、それがこのマスの池水なんですね。 ま、確かにここでいっぱい水が沸いてるん ですよ。ま、あんまり綺麗じゃないけどね 。ま、あちらがその凱旋があって、え、 黒分寺凱旋があるんですけど、ま、 やっぱり水がいっぱい湧いてくるんですね 。綺麗ですよ。めっちゃ水が綺麗。へえ。 これがあの国分寺凱旋から出てきた脇水 です。ここにありがたい説明書が気があっ た。え、これですね。このあの思想断盤面 模しってどれかな?こっちか?あ、いい ですね。このいい説明がけがあった。この 武蔵の太地は1 番上が関東ロ無双層と言ってこれ火山バとかがま、風火化してやってきた層があるんですけどその下に歴層があるんですね。歴の層があってその下に水を通さないシルト層があります。ま、これ粘土ですね。粘土の層があってこの水を通しやすい層とあとはこの歴草ですね。ここまでは水が染み込んでこのシルト層の上を通ってきた水がここの凱旋で出てくると。 これがそのこの辺りの有水ですね。この、え、マ型の池ですか?うん。ということで、これですね。これがもう水が湧いてるんですかね?あ、でも確かになんか水が動いてますけど。それがあのこの後ろのここですね。これがあの武蔵野大地の凱旋なんですけど、この下を通ってきた、え、不闘水槽を通ってきた水がここで出てきてるということですね。 [音楽] [音楽] え、ということで、そこが真の池だったんですが、 こっからもう1 回ちょっと国分寺駅に戻ってお隣の駅ですね。え、武蔵小金井から武蔵小金井までちょっと一駅して凱旋がどうなっているか見に行ってみましょう。いや、でもこれ階段がきついな。やっぱりね、あの 15mの定ってありますよ。確かに 15m ぐらいですね。あ、ちなみにこの川は名前がいましたね。そこにあの看板が出ていて野川と書いてあります。 この野川がここを侵食したんですね。ここ が進食して絶場大地になっています。え、 ではちょっと戻っていきますね。あちらが 国分寺駅です。じゃあ駅からちょっと電車 乗って1駅お隣に行きます。では国分寺駅 から1駅お隣の武蔵小金駅へ向かいます。 武蔵小金駅は中央線の中では国分寺線に 最も近い駅です。 え、ということでし小金いで降りましたが、こからちょっとね、凱旋を見に行きます。 [音楽] ここもね、ずっと凱旋が続いてますんでね。ちなみにこの凱旋はこの左手にあります。え、では武蔵小金駅にやってきました。で、あちらが凱旋なので凱旋の方に行きましょうね。こら凱旋がだんだん遠ざかっていきます。 で、そこが駅なんですけど、ここにあの ありがたい看板がここにもあって、小金の 水って書いてあるんですけど、この小金と いう名前の元はこの小金の水が語言なん ですね。小金とは何なのか、刷とは何なの か。え、小金の地名は小金に値する豊富な 水が出ることから小金から小金になったと 言われています。市の南部を東西に走る 国分寺外線の崖を地元では古くから刷と 呼んでいます。竹には随所に有水が見られ 、この有水を集めて流れる野川は背谷で 玉川に注いでいますと書いてあります。 この右の方にその小金の名前の元の小金の 水があります。ちょっとそちらに行ってみ ますね。で、ま、そちらが凱旋なんです けど、そこでぷっつりね、道が切れてます 。で、あちらがその駅なんですが、ここの 交差点の名前は前原坂上という交差点に なっています。で、あの、あちらの方見て もらうと、あっちの方が下っていってるん ですね。ここがちょうど武蔵の大地の上で 、あちらから下っていっています。だから ここまでが武蔵大地で、あそこからが 国分寺凱線ですね。で、凱旋の手前の ところに、え、有水があります。どこかな ?有水が多分この辺なんですけどね。 ちょっとその小金の地名の元を見に行って みます。で、ま、道1本入ったところです ね。ここに、え、小金の水と書いてあり ますが、これがその凱旋のちょっと上なん ですけどね、凱旋の上で出てくる水です。 なんか色々書いてありますけどね。なんか 引用の基準を満たしているかというと、 ちょっと色々あるみたいですが、でも一応 水出基準は合格になってんのかな?あ、 一応水出基準に適合と書いてありますね。 なんか一応これ飲んでいいんですけど。 死因用の蛇口だって。へえ。 お、出てくる、出てくる。へえ。飲めるん だ。ちょっと飲んでみましょうか。 うん。なるほど。水です。そこに水が出て くるんですけど、ここにお地蔵さんがあっ て、ここにあの手押しポンプがあるんです ね。この手押しポンプの水は絶対に飲ま ないでくださいって書いてあるけど、これ 、あの、なんか下に溜めた水が出てくる らしいので新鮮ではないということなん ですね。ただ、ま、ここの下の不当水槽の 水が出てくるということですね。どうだろ ?これ出てくるのかな?あ、これなんか 組めないようになってんな。 うん。組めませんね。そこの裏にその小金 の水があって、で、こっから降りていき ます。お、いいですね。これ下ってって ますよ。これ結構見晴らしいいですよ、 ここ。へえ。ま、これがあの国分寺凱旋 ですね。で、ちょっと凱旋を下っていって 、下っていった先に公園があるので、 ちょっとその左手の公園の方に行ってみ ましょう。ああ、いいすね。下って行って ますよ。で、今これ坂を降りて行ってるん ですけど、ま、そこにちょうどね、まさに 崖があるんですが、この左の方に行くとの 道という道があります。看板出てないかな ?も、ここがちょうどあの刷の道という ことで崖の道なんですね。あ、ここに なんか遺跡があるらしい。おお、ここにも 書いてあります。関東ロー層の中から出て くるとか書いてありますが、この国分寺線 の脇ですね。この左側が関東ロソがあって 、この右側が、え、ま、玉川の方の停止地 になります。ま、こっちあの道はですね、 これかなり平らにしてあるんですけど、 この脇にこの木坂という坂があって、 まさにここが凱旋なんですね。お、国分寺 凱旋ですよ。で、あの、この刷の上ですね 、ま、上というかちょうど真ん中辺りにの 道というのがあって、こっからずっとこう 崖沿いを歩いていけるように道があります 。そこのの道を歩いて行ってみましょう。 お、いいっすね。これね、こっからが まさにその波形を降りていく道なんですが 、これバス停なの?ちっちゃいバスが 止まるんですよね。え、で、こっからあの 形を降りていきます。あ、ここもなんか 名前がついてますね。金造員の坂な。金造 員というあのお寺があるんでしょう。で、 そのお寺の坂になっています。あ、ちなみ にこの脇を見るとこの通りこのこちらは 大地の上ですね。武蔵の大地の上に上がっ ていって、この右手の方ですね、こちらは 下がっていっています。だからまさにここ が凱旋なんですよ。え、ここが国分寺凱旋 です。じゃ、国分寺凱旋の下に降りて行っ てみましょう。え、ということで、ま、 ここはね、坂ちょうどまさにあそこも人が 上がっていってますが、ここがあの国分寺 凱旋なんですが、この国分寺凱旋を降りて きたところにこの金造員というお寺があり ます。これがだから金臓員に降りていく坂 ということで、そこが金臓員の坂という 名前がついてるんですね。じゃあ、こちら からその、こちらの、あ、ここにまさに 書いてありますね。あと刷の道と書いて ありますが、ちょうどこの刷の下を通って いく道です。じゃ、ちょっとこの刷の道を 通っていってみましょう。え、ということ で、これ刷の道なんですが、こっちは やっぱり平坦なんですよね。この下の方の 、え、ま、これ玉川沿いの低い土地ですね 。これちなみに左側がこの左側が崖です。 ずっとこちら側が古い玉摩の流れによって 速報新色横側が削られたところです。うん 。ずっと吐のうにはまっすぐ続いてるん ですけどね。この左手を見るとやっぱり坂 なんです。坂というかあの建物がね、高い ところにありますけど 凱旋ですね。凱旋になっています。ちなみ にこの家のこの兵ね、この部屋何の岩かと 言うとこれは復讐なんですが、これ何です か? これ大石ですね。大石でできてます。 火山バが固まった大石でできてます。こう やっていっぱいあの穴がボツボツ開いて いるのとどっかに味噌はあるかな?ま、 こういうあの茶色いのが味噌と言うんです けどね。これあの防化製に優れています。 古い家が多いんですね。やっぱりここは あとこの道沿いにこの刷の小道というのが あるんですけど、この下をね、水が流れ てるんですね。これほら水が流れてきて ます。これがあの凱旋から出てきた先ほど のあの何でしたっけ?ま、先ほどのあの 有水と同じようにね、あの不当水槽を通っ てきた水が出てきてますね。へえ。結構 この辺りはこういう風に水がいっぱい出て きてますね。え、刷から出てくる有水です 。おお、ここもある。これも大石ですよ。 この辺の多分古い家がこれを使ってるん じゃないかな。昔からある家はこの大石を ちゃんと使ってますが、まあね、これ 新しい家になっちゃうとなんか違う岩石が 使ってありますね。で、あとこの刷の道 かなりね、あの入り組んでいるところの この横にいいですね。路島がありますよ。 路島がま、ちょうどあの工事中なんです けどあれを見るとやっぱり下の方が火山 ですね。の茶色っぽい細かい層があります けど、これ火山の層なんですよ。この火山 の層が関東ローム層です。で、あの関東 ロー層は、ま、水を通しやすいので、この 上の方はね、水を通しちゃうんですね。で 、水を通して不水槽にぶち当たったのが 流れてくると。ああ、いいですね。この 路島が見えますよ。で、あっちはかなり 高いでしょ。この工程差が、ま、10m 以上あるんですよね。この辺りはずっと 10mぐらいの工程差が続いています。 これがその国分寺凱旋ですね。ああ、 すごい、すごい。これちょうど、ちょうど 良かったですね。これね、工事してて、 こののり面の中が崩してあるからよく見え ます。この辺はどうかな?レギガの層なの か?いや、でもこれやっぱり関東ロー層か な。おお。で、ここにあの刷の道があるん ですけど、ここの脇の方にですね、この すごい坂があるんですけど、ま、こちらも もちろんやっぱり凱旋なので坂なんですが 、ここに無坂という坂があります。で、 えっと、ここに書いてあるのがですね、昔 この坂の上に住む農民が、え、田端に通っ た道で両側は3輪の細い道であったと書い てあるんですけど、つまりですね、昔は この上に集落があったんですね。この 第一地の上の水害を受けにくいところに家 があって、田ハがこの下にあったってこと ですね。こちらがあの玉川の玉摩川沿いの 停止地なんですけど、こっちの方がま、水 も得やすいし、あとは、ま、水害のリスク もあるんでね、こちらの方は田畑として 利用されていて、集落は上にあったと。 ここだから農民が生きしていたということ ですね。それが分かりますよ。じゃ、この 下の方ちょっと通ってもうちょっと先に 階段があるんでちょっとそれ上がってみ ましょうか。なんかね、見晴しがいい らしい。 いや、でもすごいすよね。こんな道がある んだ。ここだからもう本当に車1台分 ぐらいの道でこの左側がずっと凱旋ですね 。臓木林になってます。ま、あの凱旋と いうのは大体こういう風に木が植えられ てることが多いですけど。ああ、綺麗です ね。紅用してます。ちなみにこの左手が 凱旋なんですけど、この右の方が、え、 低シ地というかね。え、こちらが玉摩川 沿いの、ま、広い。ここ侵食された面なん ですけど、こっちは公園になってますね。 ま、非常に広いです。で、こっから先は 基本的にはまたこの低い面がずっと連って いて、玉川の後ろのあの湿地です。え、 閉めった土地と書いて湿地ですね。ここ すごくいいとこなんですけどね。いいです ね。ここね、こちらに見晴し坂という坂が ありますが、これもやっぱり凱旋に上がる 坂ですね。ま、大体ずっともこれはこの 通り動画を見てると凱旋がずっと続いてる ということが分かりますよね。こちらが その三原坂でこの上が武蔵野大地です。で 、こちらが凱旋の下を通る道ですね。もう ちょっと先に階段があるんで、ちょっと そっち上がって行ってみましょう。あと この道沿いにまた、ま、さっきのと同じな んですけどね、発についての看板があり ます。え、野川沿いの崖、国分寺線周辺を 地域では古くから刷と呼んでいます。は 何万年も昔、玉川の流れが削ってできた 地形で開発されずに自然が残された場所も 多く、貴重な同植物の生息場所にもなって います。刷は脇水の多い場所です。その 理由は崖の北側の大地に降った雨水が地面 に染み込み、え、南側の低いところから 沸き出すからですと書いてあって、ま、 さっきと同じ図が書いてありますけど、 このローム層とあとは歴草ですね、砂利の 層があって、その下の粘土層を通り抜け られずに脇水として出てくると。で、あの 、こちらが武蔵の段球面と書いてあります が、これが武蔵の大地で、ま、これが 国分寺線、こう崖になってんですね。これ が玉側がこう流れてくる時に、あの、今は ね、玉川がかなり遠くを流れてますが、 玉川がこっちまで来てる時にここを削って いったんですね。それがこの国分寺凱旋 です。え、武蔵のに降った雨はローム層、 ま、富士山とか箱根とかですねの火山を 通って、え、砂利の層、大昔に玉川が運ん だ砂利と書いてありますけど、これ玉川は ね、かなり昔流路を変えていて、実は こっちの方にも流れてきてる時があったん ですね。で、その時に運んできた砂利の層 があるんですね。あ、ということはこっち の玉川の古い砂利の装の方が先にツもって その後にま、富士山とか箱根とかの火山の ローム装が上に乗っかってるんですね。で 、この下の粘土層は水を通しにくいため水 は横に移動し、黒分寺凱旋の下で脇水と なって地上に出ますと書いてあります。 こちらが立川男球面ってことになるんです ね。うん。低い方は立川面なんだという ことです。いや、ここなんかすごいいい 雰囲気ですね。そこでなんか釣りしてる ため池で釣りしてるおじちゃんがいます けど。で、あちらに階段が見えますかね。 あちらの方がなんか90何段かある階段 らしくて、ちょっとそちらの階段を登って 行ってみましょうか。え、ということで、 ここがあのなんだっけ?97階段って書い てあるんで多分97段あるんでしょうけど 、もうここにも刷形の看板がある。同じ 内容ですけどね。この看板何枚立ててるん でしょうね。じゃ、ちょっとこちらの、え 、階段登ってみましょう。ということで、 ま、これちょっとお掃除中ですけど、これ ですね。竹の森97 階上がっましょう。これは差がそんなないから登りやすい階段ですね。てことは上がっきたけど、あんまり晴らしは良くないか。こんな感じです。で、上がってきましたが、これ 1 番上ですね。ま、特に何もないかな。特に晴らしは良くはなかったですが。この下が武蔵野公園です。 で、階段を上がってきて、これ上なんです けど、上の方に来ると一気に全く坂がない んですよね。またなんかここがちょうど もうぷっつり切れてて、この上はまたあの 大地ということがよくわかりますね。え、 武蔵の大地です。じゃあ、ちょっとこの辺 の凱旋は見られたので、ちょっとあの、 どこまで行こうかな。また電車に乗って 移動しようと思います。じゃあ、ここから ちょっと電車に乗って玉摩川沿いを通って 轟き渓谷に向かえます。 可いいのが来たね。じゃあこれに乗って これマ行くのかな。では新小金井駅から 西武玉多玉摩川線に乗ってこの国分寺凱線 を作った玉摩川が現在流れているすぐ近く のこれ駅へ向かいます。新小金井駅から玉 駅まで向かう途中でこの国分寺凱旋を超え て1段低い立川面へ降りていきます。上に 住宅が並んでいる面が武蔵の2面と呼ばれ ていて約8万年前。そしてここを降りた先 の立川面が約3万年前のということでこの 段球の面ができた時代が大体4万年から 5万年違うということになります。立川面 に降りるとまた広い平坦な土地が広がって いますね。で、この西武玉多摩川線なん ですけど、たったの6駅しかなくって、 しかも他の路線との接続もなんだか微妙に 不便なのですごくローカルですね。西鉄の 打財付箋みたいな雰囲気です。 え、ということでこれに乗ってきたんです が、 こっからですね、あの玉摩川を渡って、え 、乗り換えをします。ちょっと玉川も見て おきたいですからね。先ほどの崖を作った 川です。え、ということでこのマ駅にやっ てきたんですが、こっちですね。こちらに 玉川があって、橋がありますけど、あちら を渡っていきます。え、ということで 玉摩川にやってきましたが、これを渡って 、え、南武線に乗るのかな?ちょっと電車 に乗り換えますが、これが玉摩川ですね。 え、こちらの左手に国分寺凱旋があります 。もうちょっと遠いんですけどね、結構 距離があります。え、電車で4駅ぐらい来 たかな?4駅ぐらい来てこの玉川までやっ てきました。で、この玉摩川を渡って、 ちょっと南側のね、あちら側に線路がある ので、あちら側から、え、玉川を下って いきます。で、えっと、もうちょっと加工 の方の世田薬の方に行って、こちらの轟き に向かいます。いや、いい眺めですね。で 、これが玉摩川なんですが、これが海の方 の大田の辺りで海に注いでますが、昔は ですね、だからあちらの武蔵野の大地の上 をあちこち路を変えながら流れていて、今 はこちらの方で流路が安定してるんですが 、お、いい眺めですね。ま、こちら玉摩川 で右の方には山が見えますね。あちらは どうかな?不体の山じゃないですか?昨日 見に行った父の方ですね。なんかあそこに 釣りしてる人がいる。何が釣れるん でしょうね。ま、ともかくこの玉川 めちゃめちゃでかくてですね。で、これが 龍をあちこち変えながら流れていたんです ね。この水の量があるとやっぱりいっぱい 土砂を運んでくるんですね。これがあの 現在の東京の土台になっています。武蔵野 大地を作った川ですね。え、では玉摩川を 渡ってきて、えっとね、この南玉駅という 駅までこれまさから10分ちょっとですか ね、歩いてきましたが、え、では南玉駅 から今度は南武線に乗って、え、玉摩川の 南側をね、進んでいきます。なんか駅前に 変なキャラクターがいるんですけど、なん だろうこれと思ったら稲之助君ていう らしい。ま、フナッシーのアシですね。ま もなく2番線に各駅停車川崎行きが参り ます。では、南玉駅から南部線の電車に 乗って、玉摩川のう、南側を移動して溝口 駅まで向かいます。 溝口駅で東急大井町線に乗り換えます。で 、各駅停車の大ite町行きの電車に乗り ましたが、本日の主役国分寺凱線を作った 玉摩川を渡っていきます。正面に見えるの は双子玉摩川駅ですが、車窓から外を見て みると、こちらが玉摩川ですね。この左手 に国分寺凱線が伸びてきています。で、 双子玉摩川駅から先はいよいよ国分寺凱線 にぶつかるわけですが、正面少し左手に 見えているのが国分寺凱旋です。家が 立ち並んでいて見えにくいですが明らかに ずっと崖が続いているのが分かると思い ます。この上が武蔵の大地です。この 武蔵野大地が削られてできた轟き渓谷と いう谷がありますので、そちらを見に行っ てみましょう。ということで轟き駅で電車 を折ります。え、ということで轟きにやっ てきました。この轟きというところがこの 特寺凱旋のま、本当に端っこの方ですね。 海沿いの方まで出てきましたが、こちらに あの東京都内に思いもら警告があるので そちらを見に行ってみます。 これがあの国分寺凱線のその中に入り込んだ谷ですね。こちらですね。こちらに警谷があります。ということで南口内から出てきたんですけどここに道順が書いてあると轟木とですね。この街の中になんと谷があるんですよ。これがあの国分寺凱線の中に入り込んだ谷なんですね。ちょっと見に行ってみましょう。 え、ということで、そちらが駅なんですが 、駅からですね、脇の方ですね。こちらに 行くとあの国分寺凱旋が侵食された谷が あるので、ちょっとそちらを見に行ってみ ましょう。轟き渓谷です。で、もうここの 川がその轟き警谷なんですが、ま、ここに 説明がある通り、これ川があるんですね。 で、この川がどうやってできたかがここに 書いてあるんですけど、これなんですよ。 え、轟木帝国は国分寺凱旋の最難に位置 する約1kmの、え、区内、え、都内唯一 の警谷であると書いてあって、先ほどから ずっと見ていたこの国分寺凱旋の下南の端 っこなんですね。なんかでもあちこち通行 止めになってるみたいですね。うん。これ は矢沢っていうんだ。この川によって侵食 された谷というわけですが、これびっくり でしょ?こんな警谷が東京都内にあるん ですよ。この通り。これがあの武蔵の大地 がね、進色された谷です。あ、これ綺麗 ですね。本当この下歩きたいんだけど。で 、一応この渓谷の渓谷沿の見られるなんて 言うのかな?ちっちゃな公園に出てきまし たけどこんな感じの結構深い こういう谷があるんですよね。これ上は もう国道というかね、結構車がバンバン 通ってるんですけど、え、こんなところに 谷があるんですね。 これ結構すごいでしょ?すごい森です。で 、あちらがその轟き駅で、ま、歩いて結構 ね、やってきたんですけど、10分ぐらい かな。そこがちょうど凱旋の終わりですね 。そこから低くなっています。 これが綺麗ですね。で、この右手に滝が あるみたいです。ちょうどこの凱旋のとこ ですね。凱旋のところに滝があるようなの で、ちょっと不動の滝を見に行ってみ ましょう。ああ、いいすね。こっから すごい晴らしがいいですよ。ちょうど凱旋 の終わりです。ちょうどここが凱旋ですね 。凱旋になっています。じゃ、こっから ちょっと滝に行きます。この右手かな? この右手が轟き渓谷と言ってここ川が流れ てきています。ああ、綺麗ですね。綺麗な 形態ですが、えっと、横にここにも看板が 出ています。え、轟木渓谷はや沢川か八沢 によってできた谷で今でも多くの同植物が 見られと書いてありますが谷場は粘土赤土 かこ関東労務層の層が重なって地層の 移り変わりを物語っていると書いてあり ますね。なるほど。関東ロムソここでも 見えるんだ。で、えっとここの石団の下に は、え、国分寺凱旋の有水である不動の滝 がありますと書いてあります。へえ。一応 がめっちゃ綺麗ですね。ちょうど紅用して ますよ。おお、綺麗ですね。一応の綺麗 です。いっぱい銀が落ちてたら嫌だけど。 銀は落ちてないかな。こんな感じです。 これはめちゃめちゃ綺麗だな。紅葉と ちょうど夕日が沈んでいってますけど。で 、こちらの下の方に、え、滝があります。 不動の滝ですね。で、ま、こっから降りて いくんですけど、ま、ここにあの滝の道と いうね、看板が出てるんですが、これ編成 ガですね、あの、編成作業を受けた石が見 られますが、えっと、ここの凱旋で見 られるのはやっぱり差眼とか歴眼とか、え 、砂とか歴とかの層と、あとは関東ローム 層ということでしたね。というか、結構 ここすごい工差があるんですよ。やっぱり あの、国分寺線がずっとこの通り15m ぐらいに肯定差があるんですが、ほら、 あの、あんな下に人が見えるんですよ。 こうかなり肯定差があります。で、あちら でなんかちょろちょろ行ってるんで、 あちらに滝があるんでしょうが。わあ、 すごいすね、これ。へえ、すごい崖になっ てます。で、ま、この通りすごい崖の下に 降りてくると、ま、ここがつまりは玉側と 同じ高さの面ということですね。この武蔵 の大地のね、あの下を流れてきた不水槽の 上を流れてきた水がここで出てきています 。結構な水の量がありますよね 。うん。これが関東ローム層と力の層を 通ってきた、え、で、その不当水槽の上を 流れてきた水ですね。これがこの凱旋で 脇き出ています。 ま、そこが滝なんですけど、この横の方の ね、え、不動様かな。で、その後ろを見る とほらすごい体積層が見える。これがあの 関東ロム層とかの、え、体石層ですね。 体石の層が見えますが15mぐらいあるわ 、高さが。こんなあります。こんな侵食さ れたんですね。これま、侵食されたという ことです。で、この滝から向こうは行け ないんですけど、あそこもすごいすごい 大切は見えますが、この辺はどうかな?え 、立川面とか武蔵とかいろんなあの何回も この玉摩川が運んできた関東ロム層とか 土砂とかが溜まってるんですけど、ま、 大体20万年ぐらいかな。20万年前 ぐらいからこう積み重なったものが今最近 はこうやって進食をされてこうやって崖に なっています 。おお、よく見える。あ、この滝の後ろに ですね、これちゃんと読んだら細かく説明 がしてありましたけど、え、轟木不道の滝 の、え、右手の路島では、え、武蔵の大地 の基盤を形成する地層を観察することが できると書いてあって、え、地層はですね 、え、地層は上から国土層、これがあの、 ま、植物とかが腐ったものですね。これが 北層ですが、その下に立川ム層、え、 武蔵野層、え、武蔵の歴草、東京層の順で 、え、武蔵ロ務層の、え、中には東京軽井 思想が白くベルト場に認められると書いて ある。で、えっと、この有水である不道の 滝は武蔵の歴草と東京層との境から 湧き出した、え、地下水によるものである と書いてあります。で、今日見てきた、え 、マ型の池水ですね。これは国分寺にある んですけど、え、そっから国分寺凱旋を 辿どってきて、え、この東京の、え、地質 ですね。地質を表す場所としてはここが 非常に大事な場所です。これあれが見え ますからね。あ、ちなみにその滝からです ね、こちらの方に行くと一応、ま、夕歩道 というかね、歩道が続いています。ここ 涼しいんすよね。他人の中だから。ちなみ にここにあの日本庭園もあるみたいで、 あそこにね、あの、え、轟き渓谷と書いて あるけど、これ何だろう?これ安算かな? 安算ガでできたおそらく石碑があります けど、ここにもね、ありがたい説明が、 この辺はいいですね。ありがたい説明が いっぱいありますよ。え、ここに書いて ありますが、え、轟木渓谷は武蔵野大地の 南タに位置する延長約1.0kmの警告 です。朝川が玉摩川と合流する手前で、え 、玉摩川が形成した加が男球、いわゆる 国分寺凱旋の進色によってできた東京都内 では珍しい警告ですと書いてあります。ま 、さっきからね、ご説明している通りです が、この玉側が速報新色です。横側を削っ てできたこの国分寺凱旋ですね。この 国分寺外線がさらにこの谷がねできたと いうね、国分寺凱線はこういう向きである んですけど、国分寺凱線に向かって流れて くる川が削ったのがこの轟き渓谷です。ま 、この地図が分かりやすいがここに地図が あるんですけど、ここがあの轟木駅です。 で、最初この辺り見てたんですけど、ま、 この辺があの通行止めになっているので、 ここまでね、不動の時までちょっと脇の道 をこう歩いてきて、ここまで来たんです けど、で、えっと、ここからさらに火流の 方に向かうと玉側に合流します。え、 ちょうどどこかな?ま、この辺が国分寺 凱旋になってますね。この辺りに国分寺 凱線があって、で、そこに不動の滝から 脇出てくる水があるということです。 ちなみにこの日本庭園はなんか解放され てるのでちょっと見てみましょうか。ま、 すごいですね。ちょうどあの凱旋のね、え 、端っこにあるような感じかな。ま、この 日本庭園はいいんですけど、なんかね、謎 なんですけど、なんでここでみか育ててん のかな?いっぱいみかの畑があります。 これ庭園なのか何なのかよく分かりません けどね。なんか美味しそうですよ。 ちょうど日当たりがいいのかな?こっちは みかンがいっぱいあります。ま、みかは さておきですけど、ここ面白いですね。 肯定差がかなりある。この低の中かなり差 があるんですけど、これもやっぱり凱旋の あの崖のところをね、うまいこと利用した んですよね。黒分寺凱旋を利用して、この 工程差のあるところに庭園が作ってあって 、なかなか面白いですよ。こ園の上に 上がってきたらこんな感じでした。ここの 上がやっぱり第一地なんですね。武蔵の 大地の上です。あ、ということで武蔵の 大地が進食された 谷ね。谷ということでした。まあでも やっぱ行けるのはここまでですね。 ちょっとこう川沿いなるべく行けるところ までと思いましたが、ここまででこっから 先はあの工事中かな、なんか東北が いっぱいあったってことでしたけどという ことなので、ま、この轟き渓谷が見られる のはこの辺だけということですね。じゃ、 ちょっとあのまた不動あのお寺の方に戻っ て今日はこの国分寺凱旋を見るのはここ までです。 この下がその崖というかね警告があるん ですけどやっぱりあっちを見ると低いです ね。ここが高台にあることが分かります。 おお、チラチラと街が低いとこに見えます 。 ここがあの国分寺凱線なんですね。という ことで武蔵野大地の南部国分寺凱線を見て 回りました。それではまた今度ご視聴 ありがとうございました。 [音楽] [音楽]

国分寺崖線は、立川から大田区まで約30kmにわたって連なる崖で、現地では「ハケ」と呼ばれます。
この「ハケ」は、多摩川が動き回ったことを物語る証拠です。

川が動き回るとはどういうことなのか?
東京の大部分を占める「武蔵野台地」の歴史を、現地を歩いて見て回ります。

地質図の出典:
産総研地質調査総合センター「20万分の1日本シームレス地質図 v2」
https://gbank.gsj.jp/seamless/v2/viewer/

18件のコメント

  1. ライダーさんおはようございます💨
    多摩川は大河なんですね🏞、動き回った大河の足跡👣
    黒部川や天龍川と比較対比しながら多摩川を見たらおもしろそうな、今夜が楽しみです👀

  2. うちの娘の専門学校がある所だ。
    その娘に

    ここに崖があるだろ。これ、昔の多摩川の流れてた跡なんだぞ!

    って教えたら

    ふーん。

    で終わった。
    すごい話なんだけどね。

  3. とてもおもしろい動画でした。撮影大変だったかと思います。
    初めて聞く多摩川のイントネーションが独特ですね。

  4. 福岡ネタで恐縮なんですが
    3:25笹丘のイオンの裏から田島〜茶山〜城南高校〜飯倉に抜ける裏道みたいな雰囲気があります😅

  5. 国分寺・武蔵小金井、懐かしいですね。50年前の結婚当初、武蔵小金井駅から霞が関に通勤した頃のことを思い出しました。当時、玉川上水に沿って、よく、自転車を走らせましたが国分寺崖線については、全く知りませんでした。国分寺から等々力渓谷まで、国分寺崖線について、また、新しい知識が増えました。

  6. 東京の中って結構高低差あるんですね、自動車介してdoor-to-doorの片田舎暮らしの私では生きていけない…
    等々力渓谷のみかん園、世田谷区の催しで地元の小学生対象にみかん狩りする用みたいですよ、竹林ではたけのこ堀もするんだそうです

  7. 東京も郊外になると結構山坂あるので思ってるより緑がありますね、自転車だけではなかなかきつそうです😅
    多少の段丘面はあるとはいえ、信濃川や利根川の河岸段丘と比べるとそれほど発達していないと言うことは、隆起が穏やかだったり、でき始めて10万年も経っていなかったり、下流なので浸食作用が弱くなっていたりといろいろな影響がありそうですね🤔
    長い年月が経てばここも立派な河岸段丘になりそうなので長生きできれば…と思いますが少なくとも数百万年スケールなので無理そうです🤣
    ここから湧き出る水はやはり玉川上水につながって江戸の生活を支えていたそうです。

    来週の九州編も楽しみにしています😊

  8. なんか多摩川の崖沿いの古墳群があった気する。確かタモリ俱楽部でやってた気がする。あの番組が続いていたら主は呼ばれていた気がする。「国分寺崖線」…森田童子の歌にあった気がする。ないけど。

  9. 国分寺駅の北西側すぐにのところにある普段は公開されていない「日立の研究所の池」が野川の最大の河川源になってますね。
    野川沿いには、国分寺市内方向より小金井市内に入ったところから遊歩道的に整備されており、小金井市内の「前原小学校」の敷地内で一部暗渠になっているほかは、川沿いにずっと東急田園都市線の「二子玉川」駅の付近の野川と多摩川の合流点まで歩いていくことができます。
    「ハケの道」は、野川から北側に少し上がったところにあるようですね。
    余談ですが、青梅駅の近くにちょっとした丘で多摩川の水系と荒川(入間川・霞川)水系が分かれるところがあるようです。ここ辺の土地が昔(1.3万年〜2万年前)に隆起して、水系が大きく変わったと聞いたことがあります。
    多摩川は元々は入間川の方(北東方向)に流れていたようですね。ということは今の霞川が多摩川だったということでしょう。
    隆起して水系が変わった後、多摩川が動きまくって今の「国分寺崖線」を作ったということになりますね。
    自然の力は凄いものです。

  10. おお、近所だ。

    見慣れた風景も、解説付動画で見ると、新鮮だなあ。

    深大寺には寄らなかったのですね。

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