【再掲】北海道開拓の歴史2 枕木の数だけ犠牲者が出た囚人労働
0:00 イントロ・お断り
1:25 囚人労働が北海道で行われた時代背景:囚人労働が容認された明治時代
3:37 囚人労働の概略:屯田兵や移住民の開拓の礎となった囚人労働
6:39 樺戸集治監:開拓が困難な北海道の地(土壌や蚊)
8:41 空知集治監:炭鉱での使役と最も高い死亡率
10:44 釧路集治監:アトサヌプリ硫黄山での採掘
12:05 網走囚徒外役所:最も過酷だった道路開削
14:29 帯広外役所:晩成社が苦労した土地の開墾
16:01 全体像:急速なインフラ整備、脚気や凍傷で苦しむ囚人
17:36 看守の苦労:看守もまた囚人労働の犠牲者だった
目次より興味のある箇所をご覧ください。
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#北海道の歴史 #北海道開拓 #囚人労働 #囚人道路 #網走監獄
【お断り】
・この映像は北海道開拓の歴史を教育的に紹介するために制作したものです。当時の過酷な労働の実態を伝えることを目的としており、決して差別や残虐行為を助長する意図はありません。
・画像はAIで生成したものでイメージです。
・またナレーションが拙く聞き苦しい箇所が多々あります、ご容赦いただければ幸いです。
・この動画は2023年に投稿した動画を作り直したものです。
【内容】
食料供給基地として日本の食卓を支える北海道。
その発展の陰には囚人による使役がありました。
現代の私たちからすると、過酷で残虐に思える北海道の影の歴史を、明治時代に北海道にあった5つの集治監を見ながら、当時行われた囚人労働をご紹介します。
AI生成では倫理ポリシーに基づき過激な描写はできないので、配慮した絵となっています。
そのため伝わりづらいですが、当時北海道で行われた囚人の使役は、相当過酷で残虐な内容です。
興味を持たれた方は参考文献を読んでみてください。『赤い人』が比較的手に入りやすく詠みやすいかと思います。
■出典
小池喜孝『鎖塚 自由民権囚人労働の記録』岩波現代文庫(2018年)
色川大吉『日本の歴史21 近代国家の出発』中公文庫(2006年)
田端宏編『街道の日本史2 蝦夷地から北海道へ』吉川弘文館(2004年)
吉村昭『赤い人』講談社文庫(2012年)
小池喜孝『常紋トンネル -北辺に斃れたタコ労働者の碑-』(朝日文庫(1991年)
『星霜3 北海道史』北海道新聞社編集(2002年)
■前回動画
北海道開拓の歴史1 苦難に満ちた士族の移住・屯田兵・農村からの団体移住
■次回動画
北海道開拓の歴史3 騙されて連れて来られ暴力を振るわれ過酷な労働を強いられたタコ部屋労働
5件のコメント
長いので目次より興味のある箇所を選んでご覧ください。
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1:25 囚人労働が北海道で行われた時代背景:囚人労働が容認された明治時代
3:37 囚人労働の概略:屯田兵や移住民の開拓の礎となった囚人労働
6:39 樺戸集治監:開拓が困難な北海道の地(土壌や蚊)
8:41 空知集治監:炭鉱での使役と最も高い死亡率
10:44 釧路集治監:アトサヌプリ硫黄山での採掘
12:05 網走囚徒外役所:最も過酷だった道路開削
14:29 帯広外役所:晩成社が苦労した土地の開墾
16:01 全体像:急速なインフラ整備、脚気や凍傷で苦しむ囚人
17:36 看守の苦労:看守もまた囚人労働の犠牲者だった
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一昨年に網走監獄博物館で北海道の開拓に囚人の過酷な労働や看守の激務等あったことを知り、小説「赤い人」を読みこの史実を深めることが出来ました。再来年には樺戸集治監に行くことを計画しています。大変参考になりました。
ホント、よく北海道開拓したなぁ~と、ドライブする度に思う。
まもなく古希を迎える「道産子」、北海道生まれの北海道育ちです。
20代の頃に仕事でオホーツクの市町村へ会社の車で行った事があります。
宿の主から開拓時代の「人柱(ひとばしら)」の話を聞かされました。
今では整備された北海道内の国道の多くが動画のような強制労働だった
そうです。作業中に倒れた労働者は、その場所に埋められて工事が進め
られたとの事。所謂、「ひとばしら」だそうです。
動画を見ていて思い出した事がありました。
それは、シベリアに捕虜で抑留して強制労働の経験がある亡き父から聞
かされた過酷な労働の話です。
冬は-60℃以上にもなるという極寒の地で筆舌に尽くせない強制労働が
ありました。収容所から生きて祖国の地を踏めた日本人は「体力と運と
執念」だったと。
いずれの場合も「時代だった」では到底済まされない人権侵害です。
何で『赤い星』を北海道に付けたんだよ。差別扱いとして、報告しておく。