広島県呉市 終戦後からスクラップアンドビルド 呉製鉄所跡地 日本製鉄が2023年9月末に事実上閉鎖した瀬戸内製鉄所呉地区の跡地は、解体撤去を2031年度にも終える方針と報道されています。古地図などを見ると、埋立地だったことが分かりますが、それよりも終戦後の1947年から1948年に米軍が写した写真が衝撃的で、解体中の製鉄所跡地と重なって見えてしまいます。スクラップアンドビルドで将来的には防衛省の複合防衛拠点になることが決まっています。 【2024年8月 広島県呉市 日本製鉄・呉製鉄所解体中】 Hiroshima 広島
@pineapple788 on 2026.03.20 01:22 島の方に遊びに行く時はこの製鉄所の周りの道を通りますが、あの赤茶けた鉄の大きな建物がなんだか凄くカッコよくて、取り壊されると聞いた時に勿体無い…と思い悲しくなりました😢映画の撮影とかで使えるよねって勝手に思ったり。残念です
@kireiohosisama7041 on 2026.03.20 03:59 日新製鋼時代仕事でよく出入りしてました。ここは戦争当時のまま使っている建物も多く機銃掃射で撃ち抜かれた鉄骨などがあったのが懐かしい。鉄粉だらけで危険で汚く突貫定修とかあって劣悪な作業環境なので行くのが嫌でたまらない現場だったなぁ。当時は中は迷路のようで迷子になりそうなくらい広く感じたものですがいざ解体となるとあっけないものですね。 戦争遺産がまた一つ消えます 貴重な動画ありがとうございました。
@ravenvein on 2026.03.20 08:21 呉は大和ミュージアムとか行きましたが、車の運転が荒い事でも有名ですねwさておき、鉄に関する職業なので鉄鋼関係の話しは良く聞きます。こうして見ると広大な工場だったのですね。鉄の錆びは荒廃を感じます。海の青さと錆びた鉄のコントラストが何やら物悲しいですね。ま、新しい時代が来ればまた華やかになる事でしょう😊
@user-ud5ft3ur2c on 2026.03.20 16:26 日本の高度成長期そのものと言える存在でしたね。プラント萌えの皆さんには人気の場所だったとか。先般、音戸へ出向いた際に解体の様子を眺めながら通り過ぎました。今後、防衛省の重要な拠点となるのでしょうね。休山下の道路もきっと拡張整備されるのでしょうし、新たな呉の発展を願っています。
@まっくぶっく-p9m on 2026.03.21 02:15 2:02製鉄所跡の背後を休山〜高鳥山の丘陵が固め、稜線がまっすぐなので一見断層崖のようでもあります。ここはユニークで、風化して崩れやすいはずの広島花崗岩の残丘が、南北方向に細く貫入した数条のデイサイト岩脈が背骨の役割を果たすため屏風のような形で残っています。画面左の呉市街地は二河川・境川の扇状地で、ここの花崗岩は岩脈を伴わないことから一般的な花崗岩由来の低い堆積地になっています。両者の地形差は明らかです。この地質に支配された構造は4:16江田島(古鷹山の南)や倉橋島の一部にも表出し、つまり呉港はこのような細く高い屏風のようなまっすぐな隔壁に囲まれた地形と言えます。広島湾が太田川の運んだ大量の真砂土が堆積して遠浅(扇状地ではなく三角州)なのに対し、呉港は大きな河川からの真砂土堆積量が少なく、また休山などの丘陵が前述の理由で崩れにくい(土砂供給量が少ない)ので5:39海底が深く、大きな艦船の停泊する港に適していると思います。軍艦の寄港が可能なら鉄鉱石や石炭・石灰の大型運搬船も製鉄所に隣接して接岸できるし、閉業後の転用として防衛施設を置くのに有利な条件でしょう。軍港として始まった呉港が時代の流れで製鉄所を併設し、さらに時代は下って製鉄から再び軍港に戻るという、歴史の流れを確かめることのできる動画でした。
@S-HappyField on 2026.03.21 06:10 前の仕事で、この中によく行っていましたね。本当に巨大な工場で、中には鉄道も走り、独特のスチームパンクな世界でした。製鉄所はなくなりますが、防衛防災拠点として、これからも日本のために活性化してもらいたいですね。
@あかさたなはひふへほ-k4c on 2026.03.21 19:16 呉線のかるが浜駅から天応駅に向かう途中に踏切が無い珍しい集落があって民家が2、3軒あります。まだ誰も話題にして取り上げてません。どうやって行くのかというと、線路の地下に海水が流入する用水路があり、その用水路から歩いて入るみたいです。高潮の時は足元まで水に浸かるかもしれません。道路からは分かりにくい所にあるので秘境感があります。
17件のコメント
いつも楽しみにしてます、これだけの製鉄所の跡地が利用されて無いのはこれからどうなるのでしょう
穏やかな瀬戸内海🌞🎌
まだ稼働していた時に夕方横の道路を通ると、ダクト?から炎が見えていました。
いずれは防衛省の拠点になるのですね、呉は昔から有名なところです😮いつもありがとうございます✨😊
島の方に遊びに行く時はこの製鉄所の周りの道を通りますが、あの赤茶けた鉄の大きな建物がなんだか凄くカッコよくて、取り壊されると聞いた時に勿体無い…と思い悲しくなりました😢
映画の撮影とかで使えるよねって勝手に思ったり。
残念です
この跡地に、防衛省がきます。
呉市の活性化を!!🙏
これだけ広い製鉄所稼働してた時は賑やかで迫力があったでしょうね。再利用に期待です。
ここから少し離れた大和の大砲を試射した呉海軍工廠 亀ヶ首試射場跡もおすすめです。草ヒロや史跡がたくさんあります!
日新製鋼時代仕事でよく出入りしてました。ここは戦争当時のまま使っている建物も多く機銃掃射で撃ち抜かれた鉄骨などがあったのが懐かしい。鉄粉だらけで危険で汚く突貫定修とかあって劣悪な作業環境なので行くのが嫌でたまらない現場だったなぁ。当時は中は迷路のようで迷子になりそうなくらい広く感じたものですがいざ解体となるとあっけないものですね。 戦争遺産がまた一つ消えます 貴重な動画ありがとうございました。
米軍撮影の写真で見事に空襲受けた跡がよくわかりました。
呉といえば、映画「男たちの大和」がありましたね。そのままの風景です。後、「この世界の片隅に」もこれが出てましたね。
呉は大和ミュージアムとか行きましたが、車の運転が荒い事でも有名ですねw
さておき、鉄に関する職業なので鉄鋼関係の話しは良く聞きます。
こうして見ると広大な工場だったのですね。鉄の錆びは荒廃を感じます。海の青さと錆びた鉄のコントラストが何やら物悲しいですね。
ま、新しい時代が来ればまた華やかになる事でしょう😊
貴重なアーカイブ 時の流れの速さを つくづく実感します。
日本の高度成長期そのものと言える存在でしたね。プラント萌えの皆さんには人気の場所だったとか。先般、音戸へ出向いた際に解体の様子を眺めながら通り過ぎました。
今後、防衛省の重要な拠点となるのでしょうね。
休山下の道路もきっと拡張整備されるのでしょうし、新たな呉の発展を願っています。
2:02製鉄所跡の背後を休山〜高鳥山の丘陵が固め、稜線がまっすぐなので一見断層崖のようでもあります。ここはユニークで、風化して崩れやすいはずの広島花崗岩の残丘が、南北方向に細く貫入した数条のデイサイト岩脈が背骨の役割を果たすため屏風のような形で残っています。
画面左の呉市街地は二河川・境川の扇状地で、ここの花崗岩は岩脈を伴わないことから一般的な花崗岩由来の低い堆積地になっています。両者の地形差は明らかです。
この地質に支配された構造は4:16江田島(古鷹山の南)や倉橋島の一部にも表出し、つまり呉港はこのような細く高い屏風のようなまっすぐな隔壁に囲まれた地形と言えます。
広島湾が太田川の運んだ大量の真砂土が堆積して遠浅(扇状地ではなく三角州)なのに対し、呉港は大きな河川からの真砂土堆積量が少なく、また休山などの丘陵が前述の理由で崩れにくい(土砂供給量が少ない)ので5:39海底が深く、大きな艦船の停泊する港に適していると思います。
軍艦の寄港が可能なら鉄鉱石や石炭・石灰の大型運搬船も製鉄所に隣接して接岸できるし、閉業後の転用として防衛施設を置くのに有利な条件でしょう。
軍港として始まった呉港が時代の流れで製鉄所を併設し、さらに時代は下って製鉄から再び軍港に戻るという、歴史の流れを確かめることのできる動画でした。
前の仕事で、この中によく行っていましたね。
本当に巨大な工場で、中には鉄道も走り、独特のスチームパンクな世界でした。
製鉄所はなくなりますが、防衛防災拠点として、これからも日本のために活性化してもらいたいですね。
呉線のかるが浜駅から天応駅に向かう途中に踏切が無い珍しい集落があって民家が2、3軒あります。まだ誰も話題にして取り上げてません。どうやって行くのかというと、線路の地下に海水が流入する用水路があり、その用水路から歩いて入るみたいです。高潮の時は足元まで水に浸かるかもしれません。道路からは分かりにくい所にあるので秘境感があります。