【解説】神奈川県で最も影が薄い場所
神奈川県にはいくつか、村や町があり、そしてその住所の上には郡というものが付いています。その中の一つに愛甲郡という郡があります。鉄道マニア的目線で見ると、この愛甲郡は鉄道が通っていないため、他の個所よりも少しばかりマイナーなイメージのある郡です。
さて、それではこの愛甲郡には一体どんなものがあり、そして交通、歴史というのはどうなっているのか、本日は見ていきましょう。
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目次
0:00 イントロ
0:51 愛甲郡とは
3:45 相模川と愛甲郡
9:26 愛甲郡と鉄道
13:08 バス路線について考察
24件のコメント
愛川の箕輪耕地はめちゃくちゃいい景色
三浦半島の津久井氏の末裔が愛甲郡に城を築き領地にしたという伝承から、愛甲郡北部と高座郡の一部が津久井領、後に津久井県、津久井郡として江戸初期に分立しました。
神奈川県愛甲郡がどういう場所が分かりました。てっきり「愛甲」の「甲」は甲斐国と思ってた。
愛川町に小さな造り酒屋があって、前を通ったのですが、土日定休で寄れませんでした
生真面目ないい酒を造っていると聞いたので、機会を見て行ってみたいです
東京でいう西多摩郡みたいなものですね
愛川は町内の某店に一度だけ行ったことがある。129号線は平塚~橋本を何度も行き来してるけど、もうちょっとの所で愛川は通ってないんだよね。清川は全くの未知。
愛甲郡愛川町は西多摩郡瑞穂町と位置付けが似ている(と思う)。そっちもめちゃ便利。
生まれも育ちも愛川町ですが住みやすいです😁
愛川町は何度もいってるけど清川村はいったことないな。
「橋本〜宮ヶ瀬」あるといいのになーって思う人案外居そうですよね。
内陸工業団地があるじゃないか
今の愛川、愛甲郡には、半原、三増峠は、戦国時代に、日本で最も高い山岳戦と言われて武田と北条との合戦でも有名ですね、津久井には北条士の山城の城山がありますね。すべて武田勢に北条がたは敗れて、今も三増には武田家の諏訪神社があります。
まぁね
郡は今は住所表記の記号としかないけれど
律令時代の郡は行政区域の名称だから
郡の役所があった
県立北稜高校の建て替え工事の時に
高座郡の郡衙(郡の役所)跡が見付かって
発掘調査してるね
高座郡
律令時代は
今の茅ヶ崎、藤沢から相模原に至る領域
当時の東海道のルートは
御殿場線のルートで国府津に入って
相模国の国府(大磯)を経て
相模川を北上して
相模原から陸路で武蔵国の国府(今の府中市)に至り
多摩川を下って上総国(当時は安房は一部)ってこと
鉄オタ
歴オタ
地理オタ
でも
郷土オタが入っていないと
相模国の国分寺が海老名にあった意味が
わからんね
東海道のルート
江戸時代で固定されているから
ちなみに
津久井の地名の語源は
今の横須賀の津久井浜付近に居を構えていた
三浦氏の分家『津久井党』が築城し移り住んだから
戦国時代には北条家の家臣として
対武田の防御線になっていたみたいね
半原から田名のバスセンターまでは一時間に1~2本あるので橋本駅やJR相模原駅等アクセスはできますが橋本やJR相模原から半原直通がないのは不便ですね。
ポテンシャルはあるのだけど神奈中をはじめとした小田急グループに開発力ややる気がないのと神奈川県庁の臨海部偏重のせいで開発が進まない感じがします。
住むには車は必須アイテムです。
この辺り神奈川感なくて好き
相武電気鉄道ができていればなあ
愛川町内の田01系統田名バスターミナル~半原の系統しか利用できない地域を除いて、鉄道駅からバス1本で行けるのだから、秘境というのはどうなのかな。相模原市緑区の青野原地区など比べたら利便性はかなり高いと思いますけど。
JR相模線が、茅ヶ崎で無く平塚から分岐していて、厚木市内・愛川町東部を経由し、田名付近に達していたら、位置付けも役目も大きく違っていたでしょうね。
実家が半原です。多摩線が半原まで来ないかなと夢見てましたが、正直、相模原で終了かなと。宮ヶ瀬湖が超観光地化されてれば、京王の高尾山口みたいな路線が……無理だよなあ…
愛甲郡といえばヨシムラジャパンがあることで有名
厚木は愛甲郡の中心地として古くから栄えて、その流れで神奈川県内でも県央県北の行政中心地という扱いを受けました。
半原~三ケ木の路線バスは一応基幹路線だけど廃止寸前になった時がある。
今も油断は出来ないが
以前厚木市が清川村に合併の打診をしたことがありましたが
清川村が宮ヶ瀬ダム建設の補償金で潤っていることもあり実現しませんでした
田名で相模川を越えて登り返すと真っ直ぐな道、愛川町役場の先で左折すると、また一気に下っていき、中津川を超えて田代まで行き、そこで細い道に入り、中津川沿いに半原まで伸びる道が素晴らしい。
半原は宮が瀬湖へ通じる集落で神奈中バス車庫もある。本厚木まで行くバスは運転手がいう「時間かかるよ。いつ着くかわからない」ほど長い路線。途中、清川村を通る
愛川町民です。
以前はバスで半原から相模原市橋本まで行くバスがありました。
また現在は半原から相模原市田名まで行くバスも主要な路線になってます。