道後温泉本館 愛媛県松山市の道後温泉中心部にある共同浴場。近代和風建築で、国の重要文化財に指定、温泉街の象徴。2024年(令和6年)7月10日に記念式典が開催され、7月11日に全館営業を再開した。

    道後温泉本館
    愛媛県松山市道後湯之町5番6号
    座標 北緯33度51分7.4秒 東経132度47分11秒座標: 北緯33度51分7.4秒 東経132度47分11秒
    文化財 重要文化財
    (建造物)
    指定・登録等日 1994年(平成6年)
    12月27日

    道後温泉本館(どうごおんせんほんかん)は、愛媛県松山市の道後温泉中心部にある共同浴場。1894年(明治27年)に改築が完成した近代和風建築で、国の重要文化財に指定されており、温泉街の象徴となっている。

    共同浴場番付において、東の湯田中温泉大湯と並び西の横綱に番付けされているほか、2009年3月、ミシュランガイド(観光地)日本編において2つ星に選定された。2009年、経済産業省の「近代化産業遺産」に認定。四国八十八景54番に選定。

    建築
    構成

    手前は南棟、奥は神の湯本館棟、右の銅板葺の建物は又新殿・霊の湯棟。

    又新殿・霊の湯棟(左)と神の湯本館棟(右)。神の湯本館棟の屋上の塔屋は「振鷺閣」と称する。
    道後温泉本館は、北の神の湯本館棟(かみのゆ ほんかんとう)、東の又新殿・霊の湯棟(ゆうしんでん・たまのゆとう)、南の南棟、西の玄関棟が相互に接続した複雑な構成の建物である。

    以下の4棟が「道後温泉本館」という名称で、国の重要文化財として1994年(平成6年)に指定された。

    神の湯本館棟:1894年(明治27年)竣工。3階建てで、1階を浴場、2階と3階を休憩室とする。屋根は入母屋で塔屋が付されている。3階の北西端には、夏目漱石が使用した「坊っちゃんの間」がある。
    又新殿・霊の湯棟:1899年(明治32年)竣工。銅板葺及び檜皮葺の木造3階建てで、日本で唯一の皇室専用浴室を設けた建物である。2階に「玉座の間」がある。
    南棟:1924年(大正13年)竣工[4]。養生湯として建設された建物で、修理前まで神の湯女子浴室だった建物である。
    玄関棟:1924年(大正13年)竣工。神の湯、霊の湯、養生湯の各浴室を連絡する出札口として建設された。1935年(昭和10年)、神の湯の曳家により玄関棟としての役割に変わった。

    運営
    営業
    道後温泉の権利は、旧道後湯之町から戦時合併により受け継いだ松山市役所が有しており、各ホテル旅館への配湯はもちろん、本館と椿の湯の経営も行っている。年末の大掃除の日を除いて年中無休。年末大掃除の模様は、師走の格好の季節の話題となっており、地元放送局や新聞によく取り上げられる。

    歴史
    1890年(明治23年)、道後湯之町の初代町長として伊佐庭如矢(いさにわゆきや)が就任した。この頃、町の最大の懸案は、老朽化していた道後温泉の改築であった。

    伊佐庭は町長就任に際して、自らは無給とし、その給料分を温泉の改築費用に充てることとした。総工費は13万5千円。当時の小学校教員の初任給が8円といわれた時代で、あまりに膨大な予算に町民は驚き、町の財政が傾きかねない無謀な投資だと非難が渦巻いた。反対運動は激しさを増し、伊佐庭が命の危険を感じるほどであったが、伊佐庭は決定を貫き通した。

    棟梁は城大工の坂本又八郎を起用し、姿を現した木造三層楼は、当時でも大変珍しがられた。伊佐庭はさらに道後への鉄道の引き込みも企図し、道後鉄道株式会社を設立。一番町~道後、道後~三津口間に軽便鉄道を走らせ、客を温泉へ運んだ。関西からの航路が開かれるなど、道後温泉が発展していった時期であった。

    現在、伊佐庭は道後の温泉街を見下ろす鷺谷(さぎたに)墓地に葬られている。

    1950年(昭和25年)3月19日、昭和天皇の戦後巡幸で訪れた天皇が又新殿で入浴。

    1994年(平成6年)12月、神の湯本館、又新殿(ゆうしんでん)・霊の湯棟、南棟、玄関棟の4棟が国の重要文化財に指定された。

    1996年(平成8年)7月、振鷺閣から打ち鳴らされる刻太鼓(ときだいこ)が「残したい日本の音風景100選」に選ばれる。

    2007年(平成19年)3月、美しい日本の歴史的風土100選に松山城と共に選定された。

    2009年(平成21年)2月、経済産業省において「近代化産業遺産」に認定された。

    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

    道後温泉本館 愛媛県松山市の道後温泉中心部にある共同浴場。近代和風建築で、国の重要文化財に指定、温泉街の象徴。2024年(令和6年)7月10日に記念式典が開催され、7月11日に全館営業を再開した。20260530
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