尼子倫久の墓 島根県浜田市金城町

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    室町時代、出雲国広瀬富田城主の戦国大名 尼子経久のひ孫にあたる倫久は、元亀元年(1570)毛利の家臣の娘を妻に迎え上来原の「多雄」に居を構えました。
    倫久の次男宗久が家督を継ぎ、宗嗣、倫通四代引継
    がれます。倫久より五代目、通久は庄屋役を命ぜられ、佐々田姓を名乗り役宅も移転しました。これを機に墓所も移され、倫久、倫久室、宗久、宗嗣、倫通、倫通室の歴代4名と室2名の尼子の末裔の墓として現存しています。
    雲城まちづくり委員会

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