懐かしい町並 美波町東由岐  徳島県

懐かしい町並  美波町東由岐
 美波町とは聞き慣れない自治体名だが、平成の大合併で平成6年に誕生した自治体で旧日和佐町と旧由岐町が合併したものだ。
旧由岐町は徳島県南東部の太平洋に面したリアス式海岸の細長い町。背後は海部山地が海岸近くまで迫り、平地が乏しい分、入り江での沿岸漁業が発達していた漁業集落である。
「太平記」にも康安元年(1361)の大地震で大津波が発生し、在家1,700余りが流されたとあるが、その真偽のほどは兎も角、大きな湊であったことが判る。
旧由岐浦は江戸時代を通じて徳島藩領で、西由岐浦・東由岐浦・志和岐浦の総称であった。
今回訪ねた東由岐浦については、寛永(1624~44)前期のものと推定される国絵図では「東ゆき」と見え、正保国絵図では「由岐之内 東由岐村」とある。寛文4年(1664)の郷村高辻帳では由岐浦の枝村として東由岐浦とある。
「阿波志」によると東由岐村は家数117・人数553とある。文化9年(1812)の棟付帳では家数185・人数819とある。郡村誌では東由岐村として家数210・人数861。
東由岐浦では津波による被害も多く、嘉永7年(1854)には津波の被害は流家121・流死人24とある。
古くから漁業は入り江などの沿岸漁業中心であり、一時は遠洋漁業にも出漁していたが、近年の漁獲高の減少で、最近では栽培漁業への転換が図られている。
鉄道が通り由岐駅が設置されているが、自動車では大変不便な地であった。国道55号線から約5kmほど山道を海岸目指して走らねばならなかった。でも、漁師町の町並みを期待して訪ねた値打は十分にあった。港に沿った道の一本内側の道に沿って伝統的な様式の古い町並みが展開していた。
切り妻造り平入り、2階建て桟瓦葺きで比較的間口が狭いのが漁師町独特のようだ。
格子や2階の手摺も備わった家・バッタリ(当地ではぶっちょう)床几を残した家も多く、中々見ごたえある町並みが展開していた。板囲いが多く漆喰壁が殆どないのは、港に沿った町だからでしょう。

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音楽:中北音楽研究所
作曲:佐藤振一郎
ピアノ:中北利男

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