「帰る人」芥川 永(あくたがわ ひさし) 彫刻家。愛媛県周桑郡庄内村(現・西条市)生れ 広島県呉市幸町4-9 #広島 #呉市 #美術館通り #芥川 永 #帰る人 #美術館
呉市美術館通りの入り口に当たるところに建立されているのがこの芥川永作品の「帰る人」
彫刻家。愛媛県周桑郡庄内村(現・西条市)生れ。東京高等工芸学校彫刻部卒業。 1936(昭和11)年第11回国画会展入選、同年造形彫刻家協会設立参加。
1915(大正4)年愛媛県に生まれる。(1915~98年)1936(昭和11)年東京高等工芸学校彫刻部(現在の千葉大学工学部)卒業。1943 (昭和18)年第8回新制作協会展で新作家賞受賞。
「帰る人」芥川 永(あくたがわ ひさし) 彫刻家。愛媛県周桑郡庄内村(現・西条市)生れ 広島県呉市幸町4-9 #広島 #呉市 #美術館通り #芥川 永 #帰る人 #美術館 20241227 @akibingo
美術館通り
「美術館通り」は「呉市立美術館」の開館にあわせ、美術館や入船山記念館へのアプローチとして、呉市道幸町3号線を1981年(昭和56年)に整備したものである。 「美術館通り」の名称は、1987年(昭和62年)公募で決定された。 同年7月には建設省(現・国土交通省)の手づくり郷土賞・(ふれあいの並木道三十選)を受賞、同年8月10日の道の日には、建設省・「道の日」実行委員会により「日本の道100選」に選ばれている。
歩道に様々なモニュメントが置かれています。 芸術の町でもある
概要
1981年(昭和56年)整備、名称は1987年(昭和62年)公募で決定。法令上の路線名は、呉市道幸町3号線である。 呉市幸町入船山公園内の呉市立美術館の南側を通るゆるやかな坂道で、美術館開館にあたり整備され美術館外観と合わせた歩道敷や屋外美術が点在する並木道である。
太平洋戦争以前は、呉市市街地と海軍工廠、海軍病院などの旧日本海軍の施設を結ぶ道路であったが、呉市は、1980年(昭和55年)から入船山公園周辺の文化ゾーンの付加価値を高めるため、美術館の建設と美術館前の通りの改築整備に取り組み、芸術性のある散策路に生まれ変わった。このとき、歩道にレンガ調のタイルやブロックを敷き詰め、タウンスクエアから美術館、入船山記念館にかけての約200m区間に、15体の彫刻が並べられた。この通りの愛称を募集したところ、1982年(昭和62年)4月に「美術館通り」に決まった。
軍港として栄えた呉市の歴史的建造物と芸術の香り漂う景観の調和が高く評価され、1987年(昭和62年)8月10日の道の日に、旧建設省と「道の日」実行委員会により制定された、「日本の道100選」に選ばれており、同年建設省(現・国土交通省)手づくり郷土賞(ふれあいの並木道)を受賞している。
呉市中心部からみて東側の休山峰に存在し、周囲は呉鎮守府・呉海軍工廠ゆかりの遺構が存在し海上自衛隊呉基地関連施設がある。
「自然と美術の調和 美しき道のあるお宝!の巻」(美術館通りと呉市立美術館) – 中国放送
呉市立美術館前を彩る通りであり、歩道は美術館外観と同色のレンガタイルやレンガブロックが敷き詰められている。また屋外芸術が点在し「芸術の散歩道」の景観を呈する。以下、沿道の美術作品を列挙する。
工藤健
トリオソナタ バイオリン
トリオソナタ フルート
トリオソナタ ハープ
菊竹清文 SKY-SCAPE
芥川永作 「帰る人」の像
圓鍔元規 春うらら
黒川晃彦 切り株に座って
関孝行 うでをくむ男
山本正道 思い出
飯田義国 天の小さな柱(鴎よ!)
柳原義達 しゃがむ女
茂木弘行 ゆめ
上田直次 愛に生きる
水船六洲 斧
空充秋 くれの木
籔内佐斗司 走る童子とカエル
高橋秀幸 美の王国の入り口で・・
日新製鋼 自然に還る
沿道の松並木は戦前から植えられたもので、樹齢は400年を超える。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』