大分・日田往還 中津街道 | 火山地帯を抜ける江戸時代の道 バイクで走ってみよう

    大分の日田は、江戸時代は幕府の直轄地・天領でした。
    日田から伸びていた街道の中の一つが、日田往還の中津街道です。

    日田から中津まで向かう道中には、数百万年前の激しい火山活動によって流れてきた火砕流が分厚く積もっています🌋

    この火山由来の溶岩が作った伏木峠と、凝灰角礫岩の侵食地形がいっぱいの耶馬溪を見ながら、
    江戸時代の主要な道・中津街道の現状を見ていきます。

    地質図の出典:
    産総研地質調査総合センター「20万分の1日本シームレス地質図 v2」
    https://gbank.gsj.jp/seamless/v2/viewer/

    6件のコメント

    1. 毎回楽しみにしています。先生のおかげで様々なことを学べ、視野が広がった気がいたします。いつか化石が出土した津房川・安心院盆地の淡水域の地層と集塊岩の仙の岩を取り上げていただきたいです。この二か所はおおよそ川を挟んで近い位置にあり、なぜにこのような地形が出来たのかを解説をいただきたいです。それと津房川の化石が出土した所から下流側、院内インター近くの沖という地区の牛淵橋側のすぐそばの柱状節理も見ごたえがありますよ。

    2. 中津住んでます。地元の道をこんなに楽しくバイクでぐるぐるする動画を初めて見ました。途中から拝見したので、あとで最初から見返そうと思います。

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