「大分第三の都市」から揚げだけじゃない中津
中津駅北口側の風景は、「江戸時代の武家屋敷や城下町の地割(骨組み)に、昭和レトロなアーケードや看板建築が溶け込んだ『時をかけるノスタルジックな街並み』」
#中津市 #中津城 #福沢諭吉 #昭和な風景 #大分県
00:00 プロローグ
00:47 中津駅北口
01:41 日ノ出町商店街
03:35 中津の古い盛り場
06:25 花街のあった町並み
08:13 中津城
10:08 新博多町商店街
Music by Viacheslav Starostin from Pixabay
12件のコメント
こんばんわ✨中津市も昔の名残が残っていいですね👍いつもありがとうございます😊
時代の流れって残酷というか…商店街も呑み屋街もお城等もなかなかの雰囲気ですょ。復活できないのかな〜
少し前まで中津からあげの店があっちこっちにあったような気がするけど
もうブームは過ぎ去ってしまったのかな。
素晴らしい昭和をありがとう
こういうアーケード街はなぜか有線放送が流れていませんか?
滋賀県は大津市の長等で2年前に槇原の「どんなときも」の音楽が流れていたことを思い出しました。
中津平野を広めに解釈すると福岡県豊前市から大分県豊後高田市まで、となり、中津市街は平野西部の山国川河口周辺にあります。瀬戸内海の西の延長とも考えられる周防灘はかなり浅く、そのため中津付近の平野は山国川の運んだ土砂が広く堆積して扇状地〜沖積平野〜三角州を形成しています。8:51山国川河口寸前で分岐する中津川は三角州の象徴で、河口付近の流路が揺れるのはその典型かと思います。
1:51南口アーケードは昭和49年完成ということで、ちょうど鉄道高架工事に合わせた駅周辺整備の一環でしょうか。
4:27山国川の向こうの福岡県吉富町埋立地には元吉富製薬があり、それは中津が蘭医学の先進地だったことと関係するのか、製薬工場も中津の歓楽街を回していたのでしょうか。6:15長屋然とした呑み屋建築構造は当時先進だったでしょう。
9:09中津川(山国川)上流を向くと、火山岩由来の硬そうな礫の転がる川原で、このような荒い礫が中津周辺の低地を下支えするなら、市街地や重い石垣を積んだ中津城でも地盤沈下しにくかったと思います。
もしまた機会がございましたら是非夜、特に週末にいらしていただけると嬉しいです。活気のある日之出町商店街を見られますよー。流石に新博多町の方はちょっと厳しいですが…。
大分県の、北東部です😊
最初から、間違っていますね😢
私は、中津市出身なので、こんな、間違いは、して欲しくないです😢
中津城だぁ~!
私、城巡りが趣味なので、助かります!
日本三大水城だという事実を、前に行った松本城の全国のお城のパンフレットで知りました👍️
時代の流れを感じますね、今は「錆びれた街」になりましたが当時は凄く活気があり商店街などは肩と肩がぶつかる程人が多かったです。
その商店街の店主だった方々はもう亡くなられ店主の子供も80代、孫も50〜60代となりました。
私のお婆ちゃんも商店街で商売をしていました。
商店街全盛期を知る者はもう居なくなりました、寂しい限りですね。
当時の活気が非常に懐かしく思われます、改めて「あの時代に生きた人達」に敬意を表したいです。
因みにですが昭和最後頃まではアーケードは3角屋根でした、平成に入りすぐにドーム型に変わり道のタイルも一新されましたが郊外へ散ったお客さんを呼び戻す起爆剤とはなりませんでした。
今はたまにしか帰れませんが、都合30年は暮らしてました。良くも悪くも静かな町です。別のチャンネルで中津街道(日田~中津)の動画を見ましたが、中々新鮮でした。ネットニュースで中津にできた新店舗の話題が入ってきますが、やはり帰るたびに店が無くなって更地になってたりすると時代の流れを感じずにはいられません。
とりあえず、せっかく映画のロケ地になったのにそれを台無しにした(といっても過言ではない?)ファンキー〇藤にイラっときてます。直後でしたよね。アレ。ネタにして溜飲下げてます。
中津の住民はせっかちで横着です。しかも、ルールを守らない人が男女とも多い。
この街を良くするには、まずは規則をしっかりと把握し守る事。これが出来るようになれば、この街は発展して行きます。