17件のコメント

    1. 稲荷町あたりの仏具店
      上野から浅草へと続く寺町の名残りのんでしょうね
      今でこそマンションや町家、中小企業や商店などが多くなっていますが
      探せば古い寺の遺構などもあるのかな?
      池波正太郎氏の墓参りの時にでも探してみますかね

    2. 前に行った東上野の近くティピー

      0:24 サンゼン堂の看板何気にインパクトあるよね

      0:47 ここは低音にヒル

      1:04 からの中音親系

      1:24 この古さの背後に重機の音…あ、こんなところに耳が向くのはYouTube配信者あるあるかな?

      5:26 これは凝った造りだなぁ

      6:40 あーこの図柄…。昭和レトロを追う上では欠かせないよね

      8:41 これはキャッチーで親やすい

      9:57 ニイミのオッサンの圧エグい🤣🤣🤣

      10:21 あーこのBGM.最近お気に入りだわ。ほろ酔いだとサイコーよ

    3. ありがとうございます!こんばんは今日は稲荷町駅ですね、今日は私の好きな街並みですね,お寺も好きです今日は私もとって最高な所です,いつか私も行きたい街です✨私は今は遊女の墓を回っていますそれが終わってからです✨今日もシユウさんと冒険出来て楽しかった良かった今日本当に最高でしたありがとございましたお身体気付けって下さいお疲れ様✨❤❤

    4. 稲荷町懐かしいですね!かつて(90年代)私は稲荷町へ何度どなく通った事があります。目的はサーフィングッズ!駅から浅草通をかっぱ橋方面へ少し歩くと通り沿いに、知る人ぞ知る激安サーフショップが存在したのです。(雑誌Fineの裏表紙によく広告が出ていた)線香の香りが漂う涅槃な街、稲荷町は私にとっては真逆で、安価な価格でハワイアンな雰囲気を感じることが出来た場所だったのです。まさに陰と陽!最近、サーフショップは閉店してしまった様です。

    5. 稲荷町周辺ってこんな町だったのですね・・・全く知りませんでした。仏壇・仏具店が集中しているのは、やはり東本願寺などの大きな寺があるからなのでしょうね。その東本願寺が戦後すぐに住むところを失った人々に門前の土地を貸し与えたというのは、感動的なエピソードだと思います。また、「本法寺」の「はなし塚」の由来も興味深かったです。「落語が禁じられたのなら、落語のお墓を作ってしまえ」という発想は、さすが落語家さんですね。戦時下の窮屈な生活の中でも、ユーモアを忘れない噺家さんたちの姿が彷彿とします。

    6. 下谷の由来は寛永寺の「上野」に対して台地下なので「下谷」なんですよね。ちな、下谷神社以外で下谷の名前の残る下谷警察署は入谷と三ノ輪の間。

      銀座線・稲荷町駅がでてくるなら一言。その駅の反対側にかつて存在した「永寿総合病院」の建物も、それこそ帝都物語にでてきそうなモダンな建物で格好良かったんですよ。今の1Fカフェ共同住宅になって久しいですが。

      最後に、合羽橋といえばかっぱ橋本通りを中心に「下町七夕まつり」を7/4-8まで開催しています。明日は雨っぽいですが、興味ある方は是非。

    7. いつも興味深い動画をありがとうございます。
      稲荷町といえば、林家彦六師匠がお住いの長屋があったそうです。
      彦六師匠は怪談噺で有名な師匠ですが、この仏壇通りと関係があるのかもしれませんね。
      先々代の三遊亭金馬師匠の話ですと、「はなし塚」に収めた以外の噺をするにしても、戦時中はかなり苦労したそうです。
      なにしろ、寄席で憲兵が見張っていて、特に日本語化した外来語の言い換えには苦労したそうです。
      次回の動画も楽しみにしています。

    8. 毎度楽しみに観ています。
      稲荷町の浅草通りにはホントに仏具屋さんが多いですね。浅草通りなのに皆「仏壇通り」と言っているのも面白いですね。

    9. 東本願寺別院の門前は淋しげでびっくり
      サウナセンターには、何度もお世話になりました
      熱波師のひかりちゃん、また会いたいな

    10. ウチの亡き父は、生前仏壇が欲しくて巡っていたところ、宜保愛子に出くわし非常にびっくりした顔をされたそうで😂
      ニイミのおじさん張りにはっきりした顔立ちだっただろうか、霊感があったので何かに取り憑かれていたのか未だに謎です。

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