山口県長門市 石仏と観音像が集まる高瀧山寺・観音堂

    高瀧山といわれる山頂付近に廃寺らしき御堂がありました。正式名称が不明のため、記帳簿から「高瀧山寺」か「観音堂」としておきました。道は草が刈られ、ある程度整備されていました。たまに参拝させる人がいるようです。

    14件のコメント

    1. 標高も割と高いみたいですね!
      廃寺に見えますが手入れされている様ですね。
      お地蔵さんの表情がどれも穏やかに感じました。😊
      撮影お疲れ様でした✨

    2. 点々と配置されている石仏?お地蔵さん…なんだか、その辺にいる人(失礼な言い方😆)みたいで、親しみの持てるお顔をされていますね。

    3. 仏様のお顔が個性的ですね👍
      故安倍晋三さんのお墓が近く、お顔が何処となく似ているような気がします。
      今、選挙に行って来ました。より良い日本に成りますように👏

    4. 高瀧山周辺は白亜紀の大陸型デイサイト火砕流堆積地が侵食されて出来た山地で、0:15断層にも規制された地形(地質図には明らかな断層の表記は無し)のようです。0:40寺の南東に細長い高まりが確認でき、隆起は横ずれ断層で出来たと推測できます。
      2:18〜岡田川の侵食が進んだデイサイト急斜面を削った道を南に向かいます。4:31振り返る(北向き)と岡田川の侵食谷と、人丸の掛淵川沖積地の向こうに新しいアルカリ玄武岩溶岩台地の雨乞岳が見えます。玄武岩溶岩台地らしい地形が、この高瀧山寺への道と対照的です。4:59この山の土台を成す溶結凝灰岩(左の石)を加工した石仏様でしょう。8:42山頂に近づき、道は斜面から尾根筋に変わり、溶結凝灰岩が露出するパターンです。9:54御堂の土台ストッパー役の溶結凝灰岩に石仏様が鎮座します。10:42節理が割面です。12:34節理に沿って割れた溶結凝灰岩が群を成す形、山頂の特徴です。13:38石仏様の頸も節理に沿って割れてしまったのか、それはわかりませんが、体部がまっすぐきれいに割れたのは節理でしょう。

    5. VSさん、お疲れ様です。
      紫陽花寺じゃない方の二尊院さん、でしたっけ?
      修験道のお山のお寺さんだったと記憶していますが、山道は手入れされているし、現役ですよね。傷んじゃいますが。

    6. VSさん、こんにちは✨お地蔵さんの顔を見ると心が和みますね、どのお地蔵さんもみんないい顔📿📿📿いつもありがとうございます👍💐

    7. お堂にあった額に昭和25年とあったので、今からちょうど75年前ですね。お堂自体はもっと古いかもですが。記帳する人が数年に一人くらいで居られるのと、サインペンがまだ書けるのが驚きですね。

    8. 地蔵様の台座に ほぼ共通して 長方形
       〇〇が 刻してあるのは なぜでしょうか。どのお顔も 朴訥です。後半 胴と顔を 一体に戻してあげたとき、
      微風が起き、口元の小さな葉っぱが 揺れて『ありがとう』といわれていたのかな?。寒い時期ですが、気を付けて、山に分け入って、
      いろいろな景色や 移り行くさまを見せて下さい。

    9. The Jizo statues await eternally – thank you for taking care of the ones who needed help 🙏 The final bell sounded beautiful.

    10. このお寺の正式名称は、高滝山観音堂といいます。御神体は御堂裏の巨石群になります。往昔には、東の御嶽(狗留孫山)西の高滝と呼ばれ、長門国の二大霊峰だったそうですが、年々登拝する人が減ったそうです。
      参道の整備は高滝山を所有する河原自治会によって行われています。
      御堂は、廃仏毀釈以後、荒廃したそうですが、戦後、山を管理している河原自治会の住人を中心に再建されました。映像に出てくる板は棟札です。全ての材料を人力で麓から担いで上がったそうです。現在80代以上の方は当時の事を覚えている方がいらっしゃいます。
      本尊は観世音菩薩で、現在は麓の人丸地区にある長安寺に安置されています。
      道中に散見される石仏の多くが、四国八十八ヶ所を模した弘法大師空海像です。元々は麓に祀られていたそうですが、廃仏毀釈の際に、破壊されるのを回避するため、高滝山に移したそうです。慌てて運んだので、順番はあべこべになっています。

      現在は、マダニや熊に遭遇する恐れがあるため、冬季に2人以上で入峰する事をおすすめします。

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